第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-20
かなりの距離があるにもかかわらず、それでもアルフォンシーヌの頬を炙られ、軽い痺れを覚えるほどの熱量だ。
だが、ここで呆けるのは素人である。
イグナーツが下衣の物入れから手の平ほどの棒を取り出した。
それを三周、右手の中で回転させる。
回転のたびに棒を伸び、三周目には身の丈の長さになった。
「ぁあっ!」
気合を呼気に込め、イグナーツが身を低く駆け出す。
その手に握られた棒は、その先端に左右へ弧を描く二枚の漆黒の刃を生やしていた。
携帯可能な両刃の魔導鎌なのである。柄や刃が黒いのも反射しないようという意図だろう。
とことん、暗殺用の暗器であった。
「――りゃあ!」
見事な身のこなしで、瞬く間に距離を詰めたイグナーツ。
鎌を振りかぶり、炎人の首を薙いだ。
まさに『首刈りの黒三日月』の渾名が光る、そんな一撃だった。
――けれど、無意味だ。
静観するアルフォンシーヌは胸中でそう呟いた。
魔力が付与されていようが、あの魔法へは『炎』や『雷』『光』といった熱量系の魔法攻撃しかダメージを与えられないのだ。
なぜ、そんなことをアルフォンシーヌが知ってるか?
有名な魔法でも、彼女自身が習得しているわけでもない。
ただ、初見でないだけだ。
――そう。あの魔法の使い手をアルフォンシーヌは知っているのである。
「リーズロッテ先生……」
その魔導師の名を、アルフォンシーヌは漏らした。
真紅の焔に呑まれたイグナーツの最期を目に、だ。
炎人が、ただの人影に戻ると出入り口であった穴から室内へと踏み込んできた。
あの男は、登場以来、一歩も動いてすらいなかったことにアルフォンシーヌは初めて気づいた。
そろりと音もなく近寄ってくる炎の魔導師。