第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-16
空気の質から、さきほどと同じ建物内だろうと察したアルフォンシーヌは、瞬時に目前の男の計画を悟る。
若く、けれど帝国の軍部でも指折りの女を貢がれれば、交易街の領主などなら皇帝へと絶対の忠誠を誓うことだろう。
仮にも国境付近の街道宿場である、従順であることにこしたことはなく、その対価が裏切り者――確実に裏切るだろう女ひとりであれば安い取引である。
「……ないな。だが、わたしが、そう簡単に堕ちると思うな?」
「だろうな。まあ、仮にも半年以上の付き合いだ。『死神』の胆力はよぉ〜く知ってるさ」
そこでイグナーツは「くっくっくっくっ」と含み嗤う。
フードに隠れてその顔を拝むことは適わなかったが、正直、見ないですんでホッとした。
そんな嘲笑を受け、理性を保っていられる自身がアルフォンシーヌにはなかったのだ。
「……………」
「おいおい、そんなに睨むなよ。全部、おまえの身から出た錆だろ?リーズロッテ・アイントベルグ導師の弟子だったことも、帝国軍部に入ったことも、今回の『聖人暗殺』の任務を失敗したのも、この俺を警戒しなかったのも――全部な」
その通りだ。
すべて、自業自得――そのどれかひとつの要因もなかったら、このようなことにはなっていなかっただろう。
「んまあ、まだよかったじゃねえか。女でな。生きてはいられるぞ?――壊れるか、飽きられるかするまでは、だが」
そう言い、なにが可笑しいのか「はっはっはっ」と哄笑するイグナーツ。
後ろで組まされた両腕を握り締めた。
――悔しかった。憎かった。不甲斐なかった。
妾の子として、冷遇されていた自分に、まるで本当の母のように接してくれたリーズロッテ――その仇のひとりが目の前にいるのになにもできない。
あろうことか、最大の仇に三年もの間、忠誠を誓っていた。
――そんな鬱屈がアルフォンシーヌの心を蝕んだ。
イグナーツがそんなこちらの反応をどう思ったのか、さらに一笑いし、そして、一歩距離を詰めてきた。