第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-15
「安心しろよ。パスク・テュルグレならいざ知らず、おまえさんのような若くて美しくて、そして強い女はな、叛徒とはいえ利用価値は残っているんだから」
「なんだ――むぅっ、ぅっ…………」
アルフォンシーヌが声を荒げようと顔を上げた。
けれど、口を塞がれ、鼻腔に甘い香りが漂ったと思った次の瞬間――強烈な眠気に襲われた。
心身ともに疲弊したアルフォンシーヌに耐えられるはずもなく、瞼が重く、下がった。
「おやすみ、『死神』……」
その言葉を最後にアルフォンシーヌの意識は暗転した。
直前に、ふと、あることに気がついた。
――イグナーツが自分を『アルフォンシーヌ』と呼んだことが一度もないことに、だ。
昏睡した『死神』の双眸から一筋の雫が流れ落ちた。
「っぅ……ぅあ……」
次に目覚めたとき、自分は拘束されていた。
重厚な椅子に両手を背もたれの裏で、両足をそれぞれの前足に固定されている。
拘束専用の椅子なのだろう。四肢を捕らえた枷は女の身ではどうしようもないだろうことは瞬時に察せられた。
「よう。お目覚めかい、『死神』?」
広い部屋、その壁に等間隔で八本のろうそくが燭台に挿され灯されているだけの仄暗い室内――。
そんな薄闇の中から声がかかった。正面からである。
「……イグナーツか」
アルフォンシーヌは茫々と返す。すでに憤る気力もなかった。
その視線の先で『首刈りの黒三日月』が、いつもの黒衣を纏い立っている。その背後にはふたりの男が控えていた。
「わたしをどうするつもりだ?」
「聞く必要があるのか?」
つまらなさそうに返してくるイグナーツ。