第三話〔続〕――死神と炎人と帝国の黒歴史-12
「……イグナーツ?」
「いや……悪い。そうか、陛下が、か……」
ようやく口を開いたイグナーツへアルフォンシーヌは眉根を寄せた。
「イグナーツ、まさか本気にしているわけではあるまいな?謀りだよ、『魔人』お得意の戯言だ。わたしから話しておいてなんだが、ありえない話しだ」
「ああ、ありえねえな」
「だろう?」
アルフォンシーヌは上目使いになって、窺うようにイグナーツを見つめた。
その視線の先で、黒髪の男はテーブルの上に杯を置き、そして、大きく頷いてくる。
「そう。ありえねえ――」
そして、椅子の端に据えていた重心をわずかに上げた。
そこでようやく、アルフォンシーヌも違和感を覚えた。とっさに腰の裏に隠し持っていた短杖の柄へと手をかける。
「――なんで、『魔人』の野郎がそのことを知ってるんだ?」
「っ――」
イグナーツが見つめてきた。
無機質な、殺意すら込められていない硝子球のような眼である。
アルフォンシーヌは椅子を倒し、後方へと跳んだ。
「イグナーツっ?」
「んまあ、それは調べればすぐにわかることか。とにかく、いまの問題は……」
「イグナッ――」
アルフォンシーヌはその名を呼ぶのを止め、さらに五歩、後退した。
イグナーツがテーブルを蹴り上げたのだ。視界の大部分がテーブルと、その上に乗っていた杯や皿とで遮られる。
視界を塞ぐのは剣士が魔導師を相手にするときの常套手段だった。