ポートセルミ編 その一 アルマ-9
「ふむ。まあそうだな……。そんだけ言われて引き下がるったぁ、職人の腕が武者震いってもんだ。しょうがねえ。いっちょわがままな姉ちゃんのために一つ作ってやろうか?」
「はい!」
アルマは満面の笑顔でドルトンの手を握ると、リョカから鞄を受け取る。
「問題の花瓶なのですが、依頼主様の希望の模型を作ってまいりまして……」
切り株に腰掛け、膝の上で鞄を開けるアルマ。粘土で出来た花瓶を取り出し、ドルトンに渡す。
その花瓶は粘土細工にしてはかなり細やかな出来であり、ドルトンも「ほぉ」と感心した様子で頷く。
「ふむ。このイミテーションは?」
粘土細工にガラス球が埋め込まれていることに気付き、ドルトンはアルマに尋ねる。
「ええ、依頼主様の誕生石であるダイアを埋め込む予定でして」
「こりゃまた成金趣味だ。となると、宝石が嫌味にならない程度にしあげろってことか……。たかが石ころの紛い物のガラスでそんなもん作れとか、こりゃかなりの仕事になりそうだ……。あんた、払えるのかい?」
にっとドルトンはアルマを見る。彼女は一切笑いを含まない真剣な顔でメモに数字を書き、見せる。
「はい、非情に難しいお仕事ですので、報酬もそれなりに勉強させていただきます。この程度を予定しておりますが……」
渡された紙に目を通すドルトンは頷き、腕を組む。弟子もひょいと顔を出してそれを覗き込むが、驚いた様子で指折り計算をしだす。
「う……うむ。まあいいだろう。この程度の仕事だ。まあ、それなりに……うむ……」
明らかに動揺しているドルトンだが、弟子と小娘を前に鷹揚に構えたいらしい。リョカはその様子を見て噴き出しそうになったが、それを悟ったアルマにお尻をきゅっと抓られた……。
**――**
「ふふ、ドルトン親方ったら無理しちゃって……」
宿への帰り道、リョカは噴き出していた。
二人を見送る親方と弟子の態度は、普段使わない敬語がちぐはぐに使われた愉快なもの。それだけアルマの提示した金額が彼らにとって破格であったのだろう。リョカは二人の小心ぶりに堪えることができなかった。
「あら? 私は親方の顔を立てたのよ? 感謝してもらいたいわ」
「でも、一体いくらなんです?」
「んー、十万ゴールドかしらね?」
「じ、十万!?」
とはいえ、リョカの脳内ソロバンも庶民仕様。オラクルベリーの二等地なら平屋の家が建つ程度の値段に唖然としてしまう。
かつてヘンリーから「サラボナの通貨単位はオンス」と言われたことを思い出す。
「ガラス細工っていってもそれなりにするのよ? あのドルトンさんの作品……っていうか、あの兄弟の作品ってどれも伝説的な価値があるし、美術館にも飾られているわ。てっきりもっと吹っかけられると思ってたけど、安くついちゃった」
媚びるように首を傾げてにこっと笑うアルマ。その少女っぽい仕草の彼女もまた、万単位でゴールドを動かす程度の力があるわけだ。リョカはその笑顔に恐怖に近いものを覚えた……。