ポートセルミ編 その一 アルマ-7
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アルマ一向の旅は順調で、次の日の昼過ぎにアルパカへとたどり着いた。
街が見えてきたこともあって昼食を遅らせており、従者二人は馬車を繋ぐと食堂へと一目散に走った。
「それじゃあ僕も……」
リョカは自分の荷物を小脇に抱えて食堂へ行こうとする。
「待ちなさい」
しかし、それはアルマによって止められる。
「貴方は私と一緒に来なさい」
「え?」
「フレッドは宿の手配に忙しいの。この鞄を持って」
「はぁ……」
アルマの数少ない荷物である真鍮製の鞄を抱えるリョカ。見た目の割りに重くなく、持った感じで中が空洞でないことがわかる。アルマはリョカに社長と名乗っていたから、何か商売に関わる道具なのだろうと、振らないように丁寧に抱えることにした。
二人は街の外れにある鋳物工房へと向かった。
そこでは頭に手拭を巻きつけ、額から汗を振りまきながら炉に向かう青年がいる。炉の窓からは赤い火が揺らめいており、煙突からは煙がモクモクと出ていた。
「ごきげんよう。ドルトン親方はおりまして?」
アルマの声に青年はぱっと立ち上がり、直立してお辞儀する。
「お客様ですか? 今、親方は留守にしておりますので、中でお待ちください」
「あら、親方さんは不在なの? 予定より早かったかしら?」
アルマはバッグから手帳を取り出して頷く。
「そうね、でも……」
促された小屋の中はお世辞にも片付いているとはいえず、鋳物に使う道具や、材料となる鉱石やガラスの塊が散らばっている。
「お仕事のほう、見学させていただきますわ」
にっこり微笑むアルマに青年は見とれた様子でしばし呆然となり、目に染みた汗でようやく現実に戻る。
「は、はい、がんばります!」
容姿、スタイルともに抜群のアルマの穏やかな微笑みと優雅な態度だけを見れば、その青年の態度も頷けるというもの。リョカは女性というものが少しわかったような気がした。
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頭にタオルを乗せたドルトンがやってきたのは、その十数分後。一仕事終えて、街の宿で風呂を借りていたらしい。
「初めまして、ドルトン親方。わたくし、アルマールジュエルのアルマ・エドガーと申します」
ワンピースドレスの裾を持って軽く会釈するアルマ。リョカは変われば変わるものだと、感心してしまう。
「おお? あんたはもしや……」
「ええ、アルマールジュエルは若輩ながら、いまや世界の宝石界の最先端を行きますから、お耳にされておりまして、光栄ですわ……」
アルマはドルトンの態度にプライドをくすぐられたらしく、嬉しそうに胸を張る。
「いやあ、懐かしい。リョカ君だろ? 何年ぶりだい? 十年か?」
だが、ドルトンは彼女の脇をすりぬけてリョカに歩み寄る。彼の手をとり、バンバンと背中を叩き、嬉しそうに笑う。
「親方、十年は言いすぎですよ。せいぜい三年です。それより元気そうで何よりです」
「ああ、あのくそったれラインハットの野郎達が村に来たときはびびっちまったが、なんとかこうして逃げたのよ。今はちっこいながらもこうして工房作ったけどな」
がははと豪快に笑うドルトンに、リョカはつられてわらう。
「……ちょっとリョカ、貴方ドルトン親方と知り合いなの? ならなんで最初に教えないのよ?」
まったく無視されたことと、旧知の間だと知らされていなかったことでアルマはご立腹らしい。