ポートセルミ編 その一 アルマ-5
「どうしたの?」
「いえ……。貴女みたいな綺麗な人、初めて見ました……」
女性を口説くスキルの乏しいリョカの素直な言葉に、女は一瞬目を丸くして、にっこりと笑う。
「よいしょっと……、はい、立って」
おもむろに起き上がると、リョカにも立つように促す。
「はい……」
まだ恍惚が抜けないリョカは彼女の真意がわからず半身を起こす。
「ふふ」
「あ、あの……」
胸が高鳴り、気持ちが逸る。彼女とは明らかに住む世界が違う。今こうして唇を重ねたのもきっと気まぐれにすぎないのだろう。それは理解している。けれど、理性でどうにもできないものがある。リョカは彼女の手を握り締める。力強く握れば痛いはずなのに、彼女はそれを拒む素振りも見せず、代わりにもう一つのグラスを取り……、
「わっ!」
リョカの顔にかけた。
「私はアルマ。アルマールジュエルの女社長。覚えておきなさい」
「え? あ、はい……」
アルマは先ほどとはうって変わって苛立った様子で立ち上がると、すたすたとその場を後にする。
いまひとつ状況がつかめないリョカは、アルコール塗れの身体で、何が彼女の怒らせたのか、真剣に悩む。
「ほら、さっさとくる!」
「は、はい!」
またも逆らえない命令に、リョカは自然と身体が動いていた……。
**――**
オラクルベリーを出発し、アルパカを目指すアルマ一行。
ギルドから二人の従者と馬車を借りての往路、先頭を行くのは経験の深いリョカだった。
豪華な馬車に荷物は少なく、大きな真鍮製の鞄がいくつか見えるだけで、ゆったりとしたスペースがある。
陸商隊の馬車なら零れるほどに積荷を抱え、中で寛ぐなどというスペースはなかった。もっとも、その隙間は雇い主のアルマとフレッドの場所である。
「……私はお嬢様の身を案じてのこと、けして愛想が尽きて申しているのではありません。ですが、これからは何かを決める時は必ずこのフレッドに相談をして欲しいのです。今日までの十五年、お嬢様のオシメを取り替えたことも昨日のことのように覚えております。私は常にお嬢様のこと第一に考え、こうして粉骨砕身、誠心誠意仕えております。ええ、信頼は欠片一片たりとも揺らぎません。だからこそ、なんの相談もなかったことが悲しくて悔しくて……」
「はいはい、わかったわ……。もうフレッド、最近小言が長くなってきたわよ? ……いい加減年かしら?」
今朝からアルマは、従者のフレッドに小言を言われていた。泣き落とし中心の彼の小言にうんざりといった様子の彼女。リョカはまるでじゃんけんのようなものだと考えていた。
昨日はアルマの手配した豪華な宿で寝を取った。今朝もボリュームこそ少ないものの、味、栄養バランスのよい朝食を用意される。もっともアルマは昨日から引き続き不機嫌で、気がつくと何か言いたそうにリョカの顔を睨んでいた。
「もう少しで平原を抜けます。ここを越えると林道になりますので、早めに休憩をしましょう。林道付近は魔物も多くなりますし、馬を休ませたいんです」
西の空を見上げるリョカ。暗い雲がまばらにあり、暫くすれば通り雨に遭遇するだろう。雨の中、林道を行きさらに魔物に遭遇する危険を避けたいリョカはそう提案する。