ポートセルミ編 その一 アルマ-11
「そう……、そう……」
アルマはその答えに満足そうに頷き、リョカに自分のあまり好きではない、それでも誇れる指先を見せていた。
「あ、ごめんなさい。なんか僕、本当に失礼ですね……」
リョカは彼女の手を取り、握っていたことに気付き、手を離す。またこの前のようなことになってはかなわない。
「んーん、別に……」
アルマはリョカの手を握り返し、そっと視線を落とす。その弱い力を受け、リョカは自然と握り返してしまう。
黙す彼女の思うがままということを理解したうえで、どうしてか握り返したくあり、彼女が何も言わないのをいいことに、そっと距離を詰める。
あの日、アルマがどうして怒ったのかわからないが、何か失礼なことを言ったのかもしれない。
不思議なのは、彼女からのキス。酔っ払っての一夜のお遊びにしては、彼女の瞳が雄弁だった。過信、自惚れではなく、リョカという個人を求めているような強い眼差し。
もしかしたら本当に彼女との出会いは運命なのかもしれない。
「ね、リョカはサラボナに行ったらどうするの? グランバニアに行って、その後は?」
「まだ全然決めていません。でも、父さんは僕に母さんを探して欲しいって……」
「お母様?」
「ええ、僕が小さい頃に魔物に攫われたって……」
「そう、かわいそうに……」
「でも、僕はお母さんのこと、あんまり覚えていないんです。だから、実感が沸かなくて……」
「かわいそうに、リョカ……」
アルマは手を解き、リョカの肩を抱き寄せる。彼をその豊満な胸で受け、そっと背中を撫でる。
「アルマさん?」
「私も孤児だったけど、私を愛してくれる父さん、母さん、それに生意気な妹がいるからね。だから平気。でも、リョカはお父様もお母様も……」
「僕は……」
平気と言いたい。けれど、何も言えない。父を失い、知らない母は何処、幼心の恋も、青年に宿る苦い気持ちも全て失い、リョカの中には寂寥感のみが満ちている。
アルマの柔らかさと甘い香りを感じながら、リョカはこのまま彼女にうずまりたい気持ちがあった。
「アルマさん……」
彼女の手が彼の首筋をくすぐったとき、押え切れない気持ちから、リョカはアルマを押し倒していた。
「リョカ……」
さりとて驚いた様子もなく、彼の好きなようにさせるアルマ。手を彼の胸にあて、抵抗するわけではなく、そのたくましさを楽しむように弄る。
「アルマさん……」
アルマを見下ろすリョカは、ごくりと唾を飲み、そしてゆっくり彼女の唇を目指す。アルマもそっと目を閉じ、唇を突き出し……。
「うおっほん!」
ばっと身体を離す二人。アルマは手近にあった毛布で身体を覆い、リョカは何も持っていないにも関わらず、手を後ろに隠す。
「お嬢様が居ないと思って来てみれば……。まったく婚前のうら若き乙女が夜遅くに殿方の寝所を尋ねるとはどういう了見ですか!? それにリョカ殿! 貴方も出会って間もない女性を押し倒すなどとなんと破廉恥な! 私は職業差別をするつもりはありませんが、せめて段取りを踏んでからになさい。お嬢様とお付き合いがしたいのなら、小さくとも居城を持ち、安定した収入と財産の構築、人徳、教養の修士に相応の品位、マナーを持っていただかないと……」
「もう、フレッドったら最近いつもこうなのよ。この前だってわんさかお見合い写真もってきてさ……。どれも金持ちのぼんぼんばっかりで嫌になっちゃう」
アルマはまたこれだとばかりに両手を挙げて舌を出す。