天使-3
「あんた。泣いてる場合じゃないよ。すぐにオークションは始まるんだ。くしゃくしゃの顔で買い叩かれでもしたら、日本人に恨みのある連中のうさ晴らし使われるだけだよ!ほら、笑うんだ。笑うんだよ!」
隆一は、もう何時間も薬の副作用に苦しんでいた。涙が溢れて止まらない。胸が張り裂けそうに痛む。そして、なぜか恐ろしく不安で堪らないのだ。その時、時計が鳴り始めた。時計は24時を指していた。
オークションの始まる時間だった。これで、絵里と二度と合うこともないだろう。
そう思った瞬間だった。気が狂いそうなほどに強烈な副作用が襲ってきた。底の見えない谷底へ落ち込んでいくような不安と全てのものを失うような悲しみ、そして、
身を焼き尽くしそうな怒りが同時に噴出し、限りなく膨らんで行くのだ。あの窓から飛び降りれば楽になれるのか?この苦しみから逃れられるのなら、死んだ方がましだとさえ思えた。
無意識に、フラフラとホテルを出ていた。僕は何をしているんだ?どこへ行こうというんだ?頭が割れるように痛む。気がつけばオークション会場に着いていた。
オークション会場に着くと薬の副作用は不思議となくなった。痛みがなくなると絵里が幾らで落札されるのか気になった。会場に入るとそこには異様な熱気が充満していた。オークションリストによると絵里は最後から二番目で、奴隷としては破格の30万ドルからのスタートとなっていた。若い娘は輸送中に死ぬだけでなく自殺も少なくはない。そして、性奴隷として楽しめるのもそれほど長い期間でもはないことから、通常では数千ドルから数万ドルで取引されることが多かった。アフリカ系の娘達に続き、東南アジア系の娘達が次々にセリ落とされていく。若く張りのある体つきはしているが、それほど美しいともいえない彼女達は、性奴隷というよりメイドとして死ぬまでこき使われるのだろう。
オークション会場にファンファーレが鳴り響く。いよいよファイナルステージの始まりだった。ファイナルステージでは、3人の美女がオークションに掛けられる。
1人目は、韓国人の美女だった。
オークションリストに載せられた写真は、美貌といい、スレンダーなプロポーションといい、韓国で流行りの女性歌手グループの一員にそっくりであった。そのせいで狙われ、騙されて連れて来られたのだろう。その女性は、20万ドルからのスタートとなっていた。そして、2人目が絵里だった。オークションリストに乗せられた写真は隆一が撮影したものだった。その写真は、絵里の輝くような笑顔を捕らえており、1人目の娘に勝るとも劣らない美女であることは明らかだった。そして、3人目は青い瞳を持つプラチナブロンドの白人の少女だった。白人がオークションに掛けられることは本当に稀で100万ドルからのスタートとなっていた。この異様な熱気はこのせいだった。有色人種の一部には、白人の性奴隷を持つことに異常に執着することから、高値で落札されることは容易に想像がついた。
韓国で流行りの女性歌手グループの歌が会場内に流れ始めた。韓国女性のオークションが始まるのだろう。派手なアナウンスが流れ、ポットライトの中からドライアイスの煙を纏った一人の美女が現れる。会場内がどよめく。その美女は、両手を後ろ手に縛られ首輪で引き立てられながらも、首輪を引く男を罵り、会場の観客達を睨みつけている。申し分ない美しさに加えてこの気性では、サディストが放ってはおかない。気が強ければ強いほど、屈服させる楽しみが増えるというものだ。オークションは最初から白熱し、65万ドルで落札された。
隆一は、韓国女性のオークションを見守りながら、絵里のオークションの始まりを漠然と待っていた。オークションリストの絵里の写真に目を落とす。胸の中を、何かがざわざわと這い回るような不快感に包まれていた。
気が付けば、絵里の紹介が始まっていた。幻想的な音楽が流れ出し、絵里が静かに入場してくる。絵里にスポットライトが当たる。絵里は別人のようにやつれていた。
美しかった面影をなくし、怯えきった表情で、ただ体を震わせている、醜い男に背中を押されて、足を引き摺りながら、少しずつステージの中央へと引き立てられていく。それでも、会場内のあちこちから溜め息が聞こえてくる。