悪魔、襲来-1
台風が過ぎ蒼い空が広がる朝。
気持ち良い時間は寮にも訪れていた。
しかし…その静寂を打ち破り、嵐が再び訪れる。
それは遥か地平の彼方から高速で砂煙を巻き上げ近づいて来ていた。
「ケ〜〜インスぼっちゃま〜!!」
…どうやら声の主はセバスだ。
久々の登場に張り切ってるのか、黒いリムジンで全く減速するそぶりも見せず寮内に飛び込んでいく。そのスピードはケインの部屋に飛び込んだ事でようやく相殺される。
「ああ、ご無事でしたかぼっちゃ…むぎゅ」
「…ああ、たった今お前にベッドを弾き飛ばされるまでな…」
ベッドから堅いボンネットに褥を移されたケインはずり落ちかけたナイトキャップを抑えつつ窓から出たセバスの顔面に蹴りを入れておく。
「…で、なんのようだ?」
「おお、それですじゃ!リグ様が今日こちらに…」
「んなにいいい?!」
ケインの顔が髪より青くなる。
「なんでそれを知らせなかった!?」
「そう申されましても…先ほど聞いたもので…」
ごくり、とケインの喉が動く。からからになった唇から、ようやく一言が搾り出された。
「に、逃げなくては…」
恐怖でぷるぷる小刻みに揺れるナイトキャップのポンポンが可愛らしい。
「セバス…判ってるな?」
「…もちろんでございます。監督官さまには後日話を通しておきます」
「うむ…」
颯爽と枕を抱えたままケインが乗りこむと、再びリムジンはアクセルをふかせた。
「爺…」
「なんですかな、坊ちゃま?」
「貴様…出入り口という言葉を知らんのか?」
「無論、存じておりますとも」
猛然と発進するリムジンはわずかに残るベッドの残骸を木っ端へと変え、無傷だったドアと壁をぶち抜いて発進した。
「ドアが有る方が出入り口ですぞ。坊ちゃまももう少し常識を…ぐへっ」
「お前が言うか、お前がっ!!」
「ぼっ、ぼっちゃま危ない!首をじめるのばやめで〜」
にぎやかな車を追う様にその時、白煙をたなびかせて1機の戦闘機が飛来している事に二人は気づいていなかった。
「ケ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜インちゃんっ」
遠くから拡声器を通され聞こえてくる可愛らしい呼び声に振り向くと、高速で最新鋭戦闘機が接近していた。
「セ,セバスぅ!」
「はっ、ははあっ」
ケインの命令より早くセバスのアクセルを踏む足に力が篭る。
「待ってよぅ〜〜」
その言葉と同時に何かが弾けるような音が後方から響く。
恐る恐る振り向くと、機首のバルカンがリムジンを追うように次々拳大の穴を道路に穿っていくでは無いか。
あちこちで悲鳴と怒号が上がる中、木も、民家も、道路も…人々の悲鳴や物の破壊される音が悪夢のように沸き起こっている。
さらに青くなったケインはセバスに防弾仕様となってるか尋ねる…が、例え防弾仕様になっていたとしてもバルカンの斉射に耐えられよう筈も無い。
そして、ついにリムジンのトランクにも一発、二発と着弾し始めた。
このままでは車ごと爆破炎上するか、蜂の巣にされる事だろう。すでに周囲は阿鼻叫喚の坩堝と化していた…が、普段から異常な事態が起こる寮の住人達は起き出してこない。これでは助けを期待する事も出来ない。
「か、かくなる上はっ!!」
覚悟を決めた顔をしたセバス。
逃げられないと悟った張はダッシュボードの上にあるドクロのマークの付いたボタンに手を伸ばした…
「…セバス、それは?」
不穏なものを感じ取ったケインに応えず、セバスは実にイイ笑顔で呟く。
「ぼっちゃま、逞しくお生き下さい。爺は…いつも見守っておりますぞ!!」
「ま、待てっ!それは何かとぅおうぉわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜…」
制止より先に彼は車内から姿を消した。
見るとケインの座った位置の天井がぽっかり口を開き、イスがあったとこから天に向ってもうもうと煙が立ち昇っている。
「ぐふっぐふっ…こんなこともあろォかと密かに爺が改造しておいた甲斐があったというものですわい」
実にイイ笑顔の張。アクセルを踏む足に力が篭る。これまでに無いほどリムジンは加速した。
「ぼっちゃまの死に様は立派でしたぞォ!爺を守る為に身を呈した事、この爺が語りついでいきましょう、うひゃひゃひゃひゃ…」
「ジジィ…生きてたら必ずコロス……」