南の島にて-2
「…どうして、そんなことをするの…」と、私は浮かべた薔薇の花を見つめる男の子に尋ねた。
「僕と恋人が初めて出会ったこの海に、彼女が好きだった薔薇の花を浮かべたかったから…」
男の子は、ゆったりとした波によって、遠くに運ばれていく薔薇の花を追いかけるように見つめ
続けていた。
彼の恋人は、この島を出て、今は東京で別の男性とつき合っているという。
「失恋したのね…」と、くすっと笑いながら言いかけた言葉を、私は咽喉の奥にのみこむ。恋人
を慕う彼の澄んだ瞳が、あまりに愛おしくて美しかったからだ。
白砂がキラキラとオレンジ色の淡い夕陽に煌めいている。静かな波の音とともに潮の匂いが、私
たちふたりをすっと包み込んだとき、私の胸の中に懐かしい優しさが湧く。私が彼に視線を向け
たとき、彼の長い睫毛が潮風の中で微かに揺れたような気がした。
ため息がでるほどその艶やかな睫毛と黒い瞳が魅惑的だった。そして、この男の子の眩しいくら
い瑞々しいペニスを思い浮かべたとき、私の中が微かに潤むのを感じた。
宿泊先の小さなホテルは、まだ夏休み前なのか、泊まり客はあまりいないようだった。
ふと部屋の鏡に映った自分の顔が、私をまるで他人のように笑っているような気がする。昔は、
かわいい女と呼ばれていた。
いや… 私は自分で決してかわいい女だとは思ってもいないのに、これまでつき合った男性も、
恋人も、私をかわいい女だと言った。そして、恋人に抱かれたベッドの中でも、私はずっとかわ
いい女であり続けた。
彼が愛撫する私のからだの箇所と順番は、いつも変わらなかった。そして、彼とのセックスが、
いつ頃から冷めてきたのかはわからないけど、淡泊すぎるほどの彼とのセックスが、退屈だと思
うようになったのは確かだった。
それよりも、私は、かわいい女であり続けるもどかしさと苛立ちの中で、自分の喘ぎ声がつまら
なくなっていたのだ。
初めて恋人に出会い、かわいい女だと言われたとき、私はなぜか嬉しかった。私が自分に戻った
ような気がした。そう言われることで、私は、彼をずっと好きでいられると思っていた。
それなのにわたしは、恋人とつき合い続けるうちに、いつからか彼の前でかわいい女であり続け
ることに、息苦しさを感じて始めていたのだ。
ホテルのバルコニーに出て、煙草に火をつける。
目の前に広がる海は、いつのまにかオレンジ色の黄昏から、濃い紫色の夕闇に包まれていた。
昼間の暑さが嘘のように過ぎ去り、少し湿り気を帯びた涼しい海風が、闇に包まれはじめた海か
ら頬を撫でるように吹いてくる。
部屋の中からは、誰の曲だったのか忘れたが、ヴァイオリンが奏でるゆるやかな小夜曲が聞こえ
てくる。私は古いアルバムを開くように、すっかり色褪せた私の中のものを、ふと心の鏡に映し
てみる。