ラインハット編 その七-5
??――??
ある日のことだった。
いつものように水カメを運ぶマリアと、階段の上からそれを見つめる監視。視線はマリアの胸元へと向いており、鼻息を粗くさせていた。
――いやだわ……。
奉仕者において、若い女は他の奉仕者より楽な仕事に就く場合が多い。その理由は非力さ故ではなく、中年や容姿の優れぬ者は、男と同じように重労働に課せられている。
理由は岩場の影を覗くことで知ることができる。
過酷な労働から逃れるためと一時の水と餓えを満足させるために、監視に身体を捧げているのだ。
最近マリアに対する監視の態度も露骨になっている。つい最近も干し肉や酒を餌に休憩をしようと提案されたが、水を運ぶのに忙しいと断った。
けれど、その気概がいつまでもつかといえば、自信がない。
神殿建設の日々に終わりが来たとして、自分は生かしてもらえるのだろうか? 罪を犯さずにここへ来たマリアにとって、それは絶望的であった。
ならば、一時の幸福のために身体を犠牲にして、一体なにが悪いのか? マリアはそんなことを考えていた……。
「ひゃっ!」
階段を上がりきったところでお尻に違和感が走った。その驚きで水カメを落としてしまい、階段付近は水浸しになる。
「き、貴様! なんてことをしてくれた!」
自分のお尻を触ったであろう監視は、その結果に対して青筋を立てて怒る。
監視はなにも奉仕者のみ監視しているのではなく、互いに足を引っ張りあってもいる。
もし監視を新たな奉仕者に陥れることができれば、その監視がこれまでに蓄えていた給金は全て没収され、奉仕者獲得を果たしたものへ臨時金として支払われる。
その理由は難癖じみたものですら通ってしまうこともあり、この監視がそれを恐れるのは当然のことだった。
??――??
罪を問われたマリアと、それを庇ったヘンリー。驚き、夜に紛れて部屋を出たリョカ。
ヘンリーが部屋に戻ってきたとき、彼はぼろぼろであった。
顔、身体問わず痣だらけで、咳き込むたびに血反吐を出す。彼は心配する彼女に大丈夫と笑ったが、それはただの強がりにすぎないと誰もがわかっていた。
リョカはそれでも必死で彼の治癒にあたり、マリアは何もできず、何もしてくれないであろうルビスに祈っていた。
無情にもやってくる朝。奉仕者達は鞭を恐れてぞろぞろと部屋を出る。
残っているのは未だ目を覚まさぬヘンリーと、その看病疲れで眠っているリョカ。
「おら、さっさと出ろ。今日も教団のために働けることを誇りに思え!」
監視はそんな事情などお構いなしにリョカへと歩みよる。
「待ってください! この人達は、リョカさんは、ヘンリーさんの看病で……、だから!」
今、あそこに横たわっているのは一歩間違えればマリアの姿。そう思うと、リョカの治癒を邪魔させたくなかった。
「なんだ、そっちは働けるのか? おら、もう就業時間だぞ。今日も光の教団のために働けることを幸せに思え」
騒ぎに気付いたリョカがもごもごと動く。
「お願いです。リョカさんはヘンリーさんの看病で寝ていないんです。今日は……」
ヘンリーという言葉にハッとなるリョカ。隣にはヘンリーが寝ており、その胸は呼吸とともに上下していた。
だが、唇が青く、端に血が見える。寝ている間も吐血しているのだろう。内臓へのダメージはまだ回復しきっていないかに見える。
リョカはすぐさま印を組み、ヘンリーに回復魔法を施す。眠る彼の眉間から険しさが消え、ほっとする。