ラインハット編 その七-10
「あ、あの助けていただいてどうもありがとうございます。私、マリア・リエルと申します。失礼ですが、貴女は……?」
マリアは手近にあった胴衣を纏い、もう一度女に礼をする。
「知ってどうするの?」
女はマリアにそれほど興味は無いらしく、名乗るつもりはないらしい。
「この人たちは……」
男同士で身体を重ねあう四人に、マリアは目を逸らす。
「さあね? 今頃妄想の中で貴女を輪姦しているのでしょ? 反吐が出るわ……。さ、今のうちのどこへでも行きなさい。ここにいたらまた堂々巡りを繰り返すわ」
「は、はい……」
ふと逡巡するマリアだが、もう一度お辞儀をして、その場を去った。
女は光の精霊を纏うと虚空へ消えた。
??――??
監視が変われど、目的は同じ。
ヘンリーの治療を名目に無理やり監視の部屋へと連れ込まれるマリア。
再び紫の煙が立ち込めると、男達は妄想のマリアを求めて絡み合う。
その様子は正視に堪えるものであり、こみ上げる気持ちがあった。
「貴女、よっぽどのバカね。それとも自分から誘ったの? だとしたら余計だったかしら?」
ローブの女はうんざりした様子でマリアに言い放つ。
「抵抗しても無駄です。抜け出す方法がないんですもの……。それより、また助けていただいて、本当にありがとうございます」
「ふん。私はこういう女と見れば見境無く飛びつく男が大嫌いなの」
「あの、もしよろしかったらですけど、もう一人助けてほしい人がいるんです」
「貴女ねえ、それはむしがよすぎないかしら? 私は貴女を助ける必要なんてないの」
なれなれしいマリアに対して女はむっとした様子で睨む。その燃える赤い瞳は、童話の中に出てきた正義のエルフの容貌に似ていた。
そのエルフは気難しく、気位が高く、人に媚びず、けれど弱きを助ける存在だった。
マリアはそんな御伽噺の世界から飛び出してきたような彼女にすがった。
「お願いです。ヘンリーは私を庇って監視達から暴行を受け、今も瀕死の重傷に喘いでいます。どうか、彼を助けてください」
地面にひれ伏すマリアに、女は慌てて近寄る。
「ちょっと、ちょっと、そういう泣き落としみたいなことはやめてよね。貴女だってわかるでしょ? そんな死にぞこないが復活したら何かあるって監視が気付くわ。そうじゃなくたってこの前の事件があるんだし……」
「お願いします……」
そのうろたえぶりに勝機を見出したマリアは理屈ではなく、ただ訴える。
「んも……。ん? そういえばさっき貴女、私を庇ってとか言ったわね。それどういう意味?」
「え? あ、ですから、私が罰を受けるのを身代わりになって……」
「奉仕者同士が庇い合う? 酔狂というよりおかしいんじゃないの?」
「いえ、彼は気位が高いというか、高貴な身分な人みたいで……」
ヘンリーに感じていた高貴な雰囲気。けして希望を捨てていないその強い眼差しは、眼前の距離で見て知っている。不思議と唇の硬さを思い出し、頬に手を当ててしまう。
「高貴ねえ……。ちょっと興味が出てきたわ。そこへ案内なさい……」
「はい……。あの、私は奉仕現場に戻らないといけないので、場所だけ……、奉仕者の部屋で、奥から三番目の……」
マリアは一縷の望みを、この不思議なエルフに託すことにした……。