ラインハット編 その六 別れ-1
ラインハット編 その六 別れ
月明かりが辺りを照らす頃、リョカは兵舎の近くで空を眺めていた。
昼間に飲んだバニアティのせいだろうか、妙に目が冴える。そして、オットーの言葉が気になる。
これまで父との旅で、自分がどこの出身なのかなど考えたことが無かった。気付いたときには父に手を引かれており、出会う人、色々様々な物に見とれる合間、ほとんど気に留めることも無かったのだ。
だが、自分の名前、リョカ・ハイバニアはグランバニア地方の韻を踏んでいると言われたことで、それが変わってきた。
長い旅路の中、グランバニア地方に赴いたことは無い。サラボナ地方、ラインハット地方、アルパカ、テルパドール地方、世界のほとんどを旅してきたといって良いリョカだが、なぜかグランバニア方面の記憶が無い。
――もしかしたら、母さんもそっちのほうなのかな? マーサって名前もグランバニアの方なのかな?
手がかりとなりえる事柄にリョカの気持ちがざわめいた。まるで秋に向かう風が色を変えた草木を揺らすように。
「ちょっといいかしら?」
不意に光が集まりだす。ローブ姿の女性が現れ、リョカを見下ろす。
あまり機嫌の良さそうではない声に、リョカはたじろぐ。
「何かご用ですか?」
リョカはエマのことが苦手だった。もともと再会を喜び分かち合うほどの仲でもないわけだが、最近は妙に敵意をむき出しにしてくる彼女の雰囲気を感じてのことだ。
何か嫌われることをしたかといえば、ここ一年間顔を合わせることすらなかったので心当たりも無い。リョカにはどうしても腑に落ちないことであった。
「貴方、どうするつもり?」
「どうって? えっと、何についてですか?」
「部下になるの? ならないの?」
「……僕はヘンリーの友達です。部下とかそういう関係じゃない」
ぶしつけな質問にリョカは眉を顰める。以前友人を助けてもらった関係ではあるが、だからといってその横柄な態度や、真意の見えない質問に気分を良くできるほどとんまではない。
「そう。ならさっさとラインハットから出て行きなさい。マリアを連れて」
「は?」
唐突に出たマリアの名前に首を傾げるリョカ。
「貴方がいると……、いえ、正確にはあの女がいるのはマイナスなのよ」
「マリアはヘンリーの大切な人だ。僕がどうこうするわけにはいかない。それにマイナスってどういう意味ですか?」
「ヘンリーは王者になる器なの。その后としてマリアでは役に足りないわ。わかるでしょ?」
「彼女はステキな女性だ」
「そうね。でもそれは庶政の妻としての意味でしょ? 王者には王者に相応しい后が必要だわ」
「そうかもしれませんが、だからといって僕がマリアを連れて行く理由にはならない」
マリアがかつてヘンリーと恋仲にあり、そしてヘンリーもまた彼女を未だに愛している。ならばその行き着く先は、互いを伴侶として、つまり結婚すること。
ヘンリーがラインハットに戻るとすれば、それはマリアが王女となることであり、ここ一年のリョカとの貧しい暮らしとは比べものにならない幸せが待っているはず……。
リョカはそう考えていた。