ラインハット編 その六 別れ-4
「ふん、やはり人外か!」
「くっくっく、さすがに小細工で殺せるほど甘くないかい? 油断ならない坊やだね……」
酷くしゃがれた声は、老婆のそれでも異質なもの。アルミナと思しき女性はつかつかと歩みだし、服をびりびりと破いて正体を現す。
「いったいどうやって神殿を抜け出したのか知らんが、あそこで奉仕してたほうが幸せだったと思わせてやるよ……」
豊満なバストが徐々に筋肉質に変わり、白い肌が赤紫になる。ぼやけた顔が輪郭を変え、鋭い牙と大きな一つ目の巨人が現れる。
それを合図に臣下に紛れていた殺意の列席者が、文字通り皮を破るかのように、その正体を現す。兵士達はアルミナの御前のため、武器を携帯しておらず、手近にあった椅子などで応戦を始める。
「知らぬ顔だな……、あのゲマとかいう魔物なら仇討ちも果たせたのだがな……」
「ラインハットなど田舎国ごときにゲマ様が来る必要がないだろ? 俺さまで十分だ」
「その田舎国の統一もできぬマヌケが、何を十分なのか教えてもらおうか!」
ヘンリーは兜を脱ぎ捨てると、腰に備えた鱗の鞭を振るう。
状況を理解したオットーは短剣を構え、その大きな一つ目に投げつける。
「雑魚がでしゃばるな!」
投げられた短剣を乱暴に振り払い、手近にあった長椅子を持ち上げ、大きくなぎ払う偽アルミナ。
「ふん、バカ力が売りか? だが、こんな狭い場所では振るいがいもないだろうに」
アルベルトは隙だらけの偽アルミナのわき腹に鋭い一撃を放つ。しかし、それは先ほど本を掴んだ侍女に阻まれる。
「くっ、人外はコイツもだったな……」
唯一状況がわからないのは司祭のみらしく、抜けた腰で壇上近くに這い蹲っており、リョカの手に引かれて比較的安全なほうへと運ばれる。
侍女は鞭の絡まる腕を力ませ、勢い任せにヘンリーごと引き寄せる。
「ラマダ様、いかほどに?」
「そうだな。この王子は東国を統一してくれたんだ。その褒美に俺様直々にあの世に送ってやりたいのさ」
それを待っていたとばかりにラマダは長椅子で出迎える。しかし、突然の風がその長椅子を砕く。
「やぁあああああ!!!」
司祭の誘導を終えたリョカはラマダの背後から飛び掛り、鋼の昆をその脳天に叩きつける。
「ぐおっ!」
渾身の一撃にたまらず仰け反るラマダ。その隙をヘンリーは見逃さず、鋭い鞭を幾重にも振るう。
「くっ! 人間ごときが!」
「貴様! 調子にのるな!」
侍女はヘンリーに飛び掛るが、再び巻き起こる風刃により邪魔される。
「誰かいるのか? くそ! 姿を見せろ、卑怯者!」
「姿を謀った側がよく言う!」
その巨体と鈍重さ故、容易に背後を取られてしまうラマダ。ヘンリーの鞭は場所を選ばず、露出した皮膚を幾度も打つ。それに意識を取られれば、今度はリョカの昆が降りかかる。
侍女はというと正体不明の風の刃に翻弄され、ラマダの援護ができない。
「くそ、まさか人間ごときに遅れをとるというのか!?」
防戦一方になるラマダの皮膚は怒りからか赤みが増し始め、そして大きく息を吸い込んだと思うと、燃え盛る火炎を吐き出した。
「バカめ、こんな場所でそんなことをすれば自ら首を絞めるだけだ!」
「はっ! もともとてめえら雑魚どもを皆殺しにするつもりだったんだ! 都合がいいねぇ!」
みるみるうちに周囲に燃え移る炎。壁などは石材が使われているが、所々木材もあり、もうもうと黒煙があがりだす。
兵士達は退路を確保しようと走るが、外側から鍵でもかけられたのか、びくともしない。
「逃がさねーよ! 丸焼きと燻製、どっちがいいか、選ばせてやる!」
武器を持たぬ兵士達も仕込みの賊も一人、また一人と煙に巻かれ倒れていく。