ラインハット編 その六 別れ-3
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ラインハット国の国教は光の教団の教え。三年前、デールが即位してからの決まりごとだった。
国民全てが入信というわけではないが、帰依することで税金の優遇、任官時には必須項目などとあり、貧しい者の大半はそれに従っていた。
一躍時の人となったアルベルトもまた例外ではなく、ラインハット国の師団長として任命されるにあたり、強く入信を求められていた。
兵舎の一室にて、アルベルトは椅子にふんぞり返っていた。
オットーは代わらずの鉄面皮で、リョカはしきりに周囲を気にしている。
「……ふん、既に入信済みなのだがな」
下士官からの伝令を受け、アルベルトは皮肉に口元を歪める。
あの二年間の地獄の日々を思い出せば、今すぐにでもそれを破り捨てたいもの。だが、入信に当たっての洗礼で、アルミナが同席するとの報を受けた。
暗殺の機会ならいくらもある。だが、それでは三年前のチップ王の死を髣髴させ、ラインハット王家の闇となりかねない。アルベルトがヘンリー第一王子として凱旋するには、光の当たる王者としての舞台が必要なのだ。
そのため、今回の洗礼の儀は絶好のチャンスといえる。
衆人環視の中、アルベルトが正体を名乗り、逆賊を糾弾する。戦争の終結と圧政からの開放。全ては彼の描く英雄物語なのだ。
「リョカよ、この機会こそ千載一遇のチャンスだ」
アルベルトは立ち上がり、自らが纏っていたマントを彼の肩にかける。
「奴を討ち、お前の父の汚名を晴らす」
「アルベルト、わかったよ……」
リョカは力強く頷き応えるが、その胸中ではエマの言葉が渦巻き、友の視線が痛かった。
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英雄の帰依という一大イベントに際し、兵舎から教会までの道なりにはたくさんの観衆が詰め掛けていた。ただ、名ばかりとはいえデール王がいないという異例の式でもあった。
ラインハット正教会。今ではすっかり光の教団のものへと様変わりしており、精霊神ルビスを祭るものは全て取り外されていた。
光の教団では光を放つ炎もまた信仰の対象であり、赤い胴衣を纏った僧が大きな杯を担ぎ、そこに火が点されるという象がいくつか見られる。ただ、その僧は人間というにはやや異質であり、黒一色の瞳は魔物を彷彿させる不気味さがあった。
教会内には司祭を中心にアルミナとその従者が壇上に立ち、洗礼を受けるアルベルトと、腹心の部下という触れ込みのリョカ、オットーを見下ろす。さらに、アルベルトを慕うトムや、親アルベルドの兵隊、双頭の蛇の参列も許可されていた。
「汝、アルベルト・アインスは光の加護に包まれるであろう……、汝には死後の救済と、輪廻からの解脱が赦され、光の国へ導かれんことを……」
司祭はアルベルトとその腹心の部下達を前に「イブールの本」と呼ばれる経典を持ち、洗礼の項目を読み上げる。
そのありがたい教義を右から左に流し、アルベルトは状況を確認する。
目の前に居るアルミナは、あの禍々しいアルミナ。列席する来賓に紛れる、殺気を纏う者。
おそらく彼女の目的はアルベルトの命だろう。しかし、それならば何故アルベルトに親しい、もしくは彼に従う者の列席を許すのか? その理由がわからなかった。
「今日、ここに、汝アルベルト・アインスの、光の教団の入団を許可する。これからは一層、国の発展に尽力を注ぐことを願わん……」
司祭は経典を閉じ、アルベルトに向かって本を差し出す。それを受け取ることが入団の証らしいが、彼はそれを掴むと、兜と鎧の隙間の辺りを守るように構える。
ストンッ! と小気味の良い音の後、白く輝く刃がそこに刺さっていた。
「な、なんだ!?」
突然のことに兵士達は動揺を隠せない。アルベルトは構わず、アルミナに向かってそれを投げる。しかし、それは侍女が寸前でキャッチする。そのか細い腕からは信じられない所作であり、さらには微動だにしない様子からも、その異常さが伺える。