ラインハット編 その六 別れ-10
――リョカさんへ。
ごめんなさい。お父様の手紙を隠したのは私です。
剣と一緒にタンスにしまっておきますので、どうぞお読みになってください。
本当はあの時、貴方に報告すべきでしたね。
けれど、怖かったのです。
貴方が旅に出て、もう二度ともどらないのではないかと思って。
私は貴方の旅についていくことはできません、そして待つこともできません。
ただの弱い女なのです。
そして、その弱さ故、貴方を恨んでおります。
私は貴方と共に暮らしたかった。
貧しくても小さな幸せのある、平穏な日々。
それが望みでした。
貴方の無事を祈り、一時の安らぎを手にし、再び別れる日々。
貴方は私のためにお金を稼いでくれました。
けれど、本当に大切なのは、貴方が傍にいてくれること。
ただそれだけだったのです。
私はもう待つことができません。
私から終止符を打ちます。
どうか、貴方の未来にルビス様の加護があることを、海辺の修道院から願っております。
読み終えたリョカは愕然とした。
短い走り書きの手紙に、ヘンリーの名前が無いこと。そして、彼女が、彼女もまた自分との生活を望んでいたことに。
――マリア、君はヘンリーのことを……?
今頃ヘンリーは海辺の修道院へと向かっているのだろう。だが、文面が彼女の真実の気持ちなら、それは明るい結果をもたらさないだろう。きっとそれはリョカでも同じこと。
ただ暗く、重い気持ちを抱えながら、リョカはしばらく部屋に佇んでいた……。
**――**
サラボナへの定期船を待つ間、リョカはオラクルベリーの港に居た。
ヘンリーからの誘いは、父のもう一つの遺言である届け物を理由に断った。
それならば見送りに出るという友に、リョカはラインハットの政務があるだろうと諭した。
偽アルミナの悪政とデールの裁判などのヘンリーにとって頭の痛い問題は目白押し。
暫くの間は滞在し、微力ながら、それこそ話し相手ぐらいなら努めて良いと考えていた。
ただ、リョカの中にあるわだかまり。マリアの残した手紙の内容を反芻するほどに後ろめたく、エマと二人でアパートに戻ってきた彼を見たとき、さらにそれが大きくなった。
「本当に行くの?」
波止場にてふわっと光を纏うエマ。驚いて逃げる猫に手を振りながら、リョカは頷く。
「ええ。というか、エマさんは僕がいないほうがいいんでしょ?」
「それはそうだけど、今の彼には貴方が必要かもと思えるほどだわ……」
つい数日前のやり取りの意趣返しというわけではないが、エマはむっとした様子でリョカを睨む。クール、ポーカーフェイスを気取ってはいるが、意外と表情豊かな人なのかもしれない。
「失恋したんだもの。しょうがないさ」
「失恋ねえ……」
冗談交じりに言うリョカに、エマは海を見る。まさかこの優男からそう返されるとは思ってもいなかっただろうし、一方でヘンリーがそれを理由に落ち込むのが意外だった。