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夢幻の杜
【ファンタジー 官能小説】

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夢幻の杜-4

「カランはいつからここにいるの?」
「…それもわからない」
おぉ〜い。
重症だな、こりゃ。
「確か、大切な人が目の前で殺されたんだ。…僕を、庇って。僕は、置かれている状況が危険であることに気付いていたのに、何もできなかった」
「カラン…」
「そして、立ち直れないほどのショックを受けた僕は、情けないことに全てを捨ててここへ、この世界に逃げ込んだ。それなのに、その『大切な人』が誰だったのかも…もう、思い出せない」
淡いグリーンの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
たぶん自分より年上だろうと思われるこの歳の男の人が、こんな堂々と泣くところなんて初めて見たけれど…それは、とてもきれいな涙だった。
『大切な人』
…恋人、だったのかな。

「ねぇ、カラン」
「………」
「きっと、その『大切な人』は悲しんでるよ。自分が死んでしまったことではなくて、今、カランが全てを捨てて逃げて、泣いていることを悲しんでる」
「…アクア」
「だって、その人はカランを庇ったんでしょ。身を挺して助けたカランには、笑っていてほしいと願ってるんじゃないかな」
…なんだろう、私。
見ず知らずの『カランの大切な人』の気持ち、なんでこんなに熱く語ってしまっているんだろう。
それなのに、その反面、心のどこかではチリチリと焼き焦げているような…。
こんな気持ち、今までの私は知らない。
「…アクア」
「カラン、笑って。私がその人だったら、きっとそう願う。私は…カランに笑ってほしいよ」
淡いグリーンの瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
恥ずかしくて逸らしたくなるけれど…もう、逃げられない。
私は、この瞳に囚われてしまったのだ。

「――アクア」
「…………」
「ありがとう」
「…カラン」
そうして、彼は微笑んだ。
あぁ、良かった。
何故だろう、この笑顔を見たかったの。
「アクア、君はどうしてこの世界に来たの?」
「…あぁ、それは…」
忘れてた。
私がこの世界に迷い込んでしまったアホな理由。
「えっとですね…結婚をしろという父親から逃げ出して…階段から落ちたというか、手すりを飛び越えダイブしたというか…」
「――えっ!?」
「いや、まぁ…そういう猿なんです、私。ハハ…」
あぁ、乾いた笑いが緑の森に吸い込まれていくわ…。
「アクア」
「なに…わぁ!?」
突然、視界が塞がって。
――気がつけば、私の身体はカランの腕の中にある。
「!?」
「アクアは、なんだか少し似てる。僕の『大切な人』に」
…それは、恋人に似てるということだよね。
あんまり嬉しくないなぁ。
「姿もおぼろげにしか浮かんでこないけど…たぶん、母親なんだ。さっき、アクアと話していて少し思い出せたようだよ」
「――お母さん!?」
…あぁ、なんだ。
そうなんだ。
「フフッ」
「…なに?」
「なんでもない」
本当は、何故か嬉しい気持ちでいっぱいの胸の中。
でも、教えてあげない。
だって、自分でも理由なんてわからないんだもの。
ただ、暖かいカランの体温が嬉しい。
抱きしめられる腕の強さが嬉しい。


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