三日目-9
「秀徳!この子お前の新しい彼女?この前別れたばっか――…」
秀君はすごい形相で猛ダッシュで走り寄って、
「こっち来い!」
何やら慌てた様子で友達を連れて離れて行ってしまった。
まるでヘンゼルとグレーテルのように点々とポテトを落として、でもそれを気にする様子もない。こっちを見てヒソヒソ話しをしていた数人の子達も交えて何か話して時折「おぉーっ」やら「えーっ」などと盛り上がる様子を眺めるあたしは完全に蚊帳の外。
“新しい彼女”
さっきそう言っていた。
新しい彼女、か…
あたしはそんな風に見えたんだ。秀君の彼女はあたしじゃないのに。
「みのりさん、お待たせ!」
「…お友達、もういいの?」
「あ、うん。全っ然大丈夫」
「あたしに遠慮しないで、友達の方に―」
「やだ。みのりさんがいい」
「…あ、そぅ」
素直って言うのか、純粋なのか。こっちが恥ずかしいよ。
豪快にタコ焼きに頬張る横顔が随分子供っぽく見えて、それが可愛くて、少しだけ見とれてしまった。
「秀君ってモテるの?」
「はぁ?」
「だってさっき新しい彼女って言われてたじゃん」
「や、あれは――、その、深い意味は…」
「この前別れたばっかって」
「あいつ頭おかしいんすよ」
「別れたから不倫に走ったの?」
「いや、ん――…」
「そういえば奥さんとはどこで知り合ったの?」
「どこって言われても」
「きっかけは?」
「えぇ?」
「聞きたい」
「言いたくない」
「なんで?」
「言いたくないから」
「聞きたいのに」
「さ、タコ焼き食べよ」
…はぐらかされた。
やっぱり事情が事情だから言えないんだ。
彼女と別れたばっかの傷を奥さんが癒してくれたんだな。だから親子ほど年の離れた人妻を好きになってしまったんだ…
じゃあ奥さんと別れたら誰がこの子を癒してあげるのかな。
報われない恋なのに。
傷つくって分かってるのに。
「やっぱり不倫なんて良くないよ」
「いきなり何すか」
「だって後で辛い思いをするのは自分――…」
言いかけたあたしの視線に飛び込んできたのは秀君だけじゃなかった。
「…みのりさん?」
呼ばれても返事ができない。
秀君の数メートル後ろにいるのは、間違いなく彼だ。
あたしがずっと見たいと言っていた浴衣姿の彼が、すぐそこにいる。