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熱帯夜
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三日目-10

何で?
仕事って言ってたのに…
もしかして仕事が早く終わったとか?じゃああたしが連絡に気づかなかったのかも。

慌てて携帯を確認したけど、そこに着信ありの文字や新着メールの表示はない。

どーゆうこと…?

「みのりさん!」
「っ!!」
「さっきから何ぼーっとして」
「…みのり?」

秀君の声で、彼がこっちに気づいた。

「あ…」

何も言えない。
弁解の余地もない。
だってこんなの浮気の現行犯じゃん。
あたし…

「パパー」

張り詰めたその場の空気は、走ってきた子供の甲高い声が打ち破った。
フリルの付いたワンピースの様な甚べえを着た小さな女の子は、自分の身体くらいの大きさの綿菓子の袋を抱えてあたし達の前を通り過ぎて、

「ママに買ってもらった!」

そう言って嬉しそうに彼に抱き着いた。

「そっか」

彼はその女の子の頭に手を置いて微笑んだ。

「ちーちゃん、危ないでしょ。一人で走らないの!」

その後を、手に風船や金魚を持った女の人が追ってきた。その人も、女の子と同じように彼の隣に立つ。

あたしは目の前で起こっている事態が理解できなくて、ただその場に電柱のように突っ立っていた。

パパって?
ママって?

幸せな家族の中心にいるのは、あたしの彼氏だ。
あたしの彼がパパって呼ばれてる。
子供がいる。
奥さんがいる。
じゃあ、あたしは?
あたし。
あたしは…

あたしが、浮気相手

「…」

色んな感情が膨れ上がって、全身が震え出した。
倒れそうな衝撃に襲われたけど、この場にいるわけにはいかない。
いられる筈がない。
一歩一歩ゆっくり後退りして、あとは夢中で走った。
走りながら、今までの事を考えた。
そっか、いつも彼を呼び出すのは会社じゃなかったんだ。家族に帰ってきてって言われてたんだ。日曜日の夕方から仕事なんておかしいと思った。
夜に電話するなって言ったのも奥さんにばれたら困るから。
うちの親に挨拶できないのも――…

「みのりさん!」

追っかけてきた秀君に腕を捕まれた瞬間、ドォンと大きな音と共に今年一発目の花火が上がった。


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