愛しのお菊ちゃん15-1
走り出す僕、キラキラのお菊ちゃん。
次の日の放課後、愛善院を訪ねた僕。
いつもと変わんないベージュのコート姿で出迎えてくれる鵬蓮さん。
この人って普段もこの格好なのかなぁ…なんて考えながらも気恥ずかしくてニヤニヤしちゃう僕。
そんな僕とは対照的に昨日の事を気にする素振りもない鵬蓮さん。
「ご相談と言うのは?」
いつもように冬の空気みたいに透き通った静かな声。
「いや…実は…」
僕は隠し事は無用とばかりに…ってか無駄。
鵬蓮さんに貞ちゃんの事を相談する。
けど…。
貞ちゃんの名前を聞いた瞬間。
鵬蓮さんの細くつり上がった眉の右端がピクッと上がり。
柳の葉のような瞳が僅に見開かれる。
「ど…どないしはりました?」
鵬蓮さんの微かな表情の変化が気になり…気になるあまり。
ついチャラけて佐〇利先生の真似をしてしまう僕。
「テレビから出てきて…確かに『貞代』と言ったのですね」
念を押すような鵬蓮さんの声。
「は…はい」
鵬蓮さんの静かな真冬の湖面のような迫力にチャラけ続ける事が出来ない僕。
「それは多くの人間を冥府に誘った有名な霊に違いありません!」
わっ!鵬蓮さんの声…橘の栄さんにそっくり。
「そ…そーなんですか?」
改めて昨日の恐怖が蘇る僕だけど…昨日の後半の貞ちゃんはそんな悪い子に見えなかったよなぁ。
「小説や映画でまで取り上げられるような有名な霊だったのですが…その貞代が泣いたと?」
凛とした以外は何の表情もなく続ける鵬蓮さん。
「は…はい…二回目に出てきた時は小さく笑って、あ…あの邪念みたいな物はなくなってました!」
鵬蓮さんの様子にちょっと心配になってくる僕。
貞ちゃんは滅ぼすべき…なんて言い出されたら、それこそ事だもん。
貞ちゃんだって…悲しくて、悔しくて。
本当はそんなに悪い子じゃないもの!
そんな僕の瞳をジッと覗き込む鵬蓮さん。
暫くの沈黙が続いて…。
不意に鵬蓮さんの顔が綻んだ。
「本当に優しい方ですねぇ、俊樹さまは…そして、わたくしが考えていた以上に凄い力を持っているようですね」
さっきまでお武家の奥方さまの様な舌鋒鋭い口調から、打って変わった優しい口調の鵬蓮さん。
「では?」
僕の声もパッと明るくなる。
「えぇ…貴方のやり方で貞代を成仏させてみなさい」
「わ…わかりました!」
そうと決まれば…ひと安心の僕。