ラインハット編 その五 ドーナッツ-1
ラインハット編 その五 ドーナッツ
「きっと生きていると信じていたぞ、リョカ……」
ヘンリーは再び出会えた友にそう告げた。
「よかった。でもヘンリーは一体どこへ行っていたんだい? 鎖が千切れたのを見た時はもう絶望していたんだけど……」
リョカはあの日の絶望を今も覚えている。鎖を引くその頼りない抵抗、そして断絶されたその先……。
「うむ、どうやら俺の乗ったタルはあまり頑丈でなかったみたいでな。気付いたらポートセルミ近くの浜辺に残骸と一緒に打ち上げられていた」
そういいながら豪快に笑うヘンリー。
「そうなんだ、それは幸運だね……」
「エマに助けられたみたいだがな」
「エマ? ああ、あのエルフの……」
「手を借りぬと言っておきながら結局助けられてしまったわけだ。俺もまだまだ甘い」
「今は?」
「俺のストーカーといったところか?」
「ストーカー?」
「ああ、ぞっこんらしいからな。はっはっは……」
ヘンリーが高笑いをしたと思うとその背後に光が集まりだし、白いローブ姿の女性が現れる。
「誰がぞっこんよ」
エマは透過魔法で隠れていたらしく、ヘンリーの頭を軽く小突く。
「エマさん。よかった、無事だったんですね」
「私は別に教団に捕まっていたわけじゃないわ。むしろ貴方が無事だったことのほうが驚きなんだけどね……」
腕を組みながら言い放つ彼女は、リョカのように再会を喜ぶ様子はない。
「で、ヘンリー、君は今……」
リョカは彼の左肩を見ながらそう言う。緑の三本線はラインハット国の紋章であり、その鎧に身を包むということは彼が国に戻ったことの証。問題は最近のラインハット国の噂。ついこないだまではオラクルベリーやアルパカの位置する西国に侵略しており、またリョカの父に不名誉な濡れ衣を着せている。いくらヘンリーが生きていたとして、それはリョカにとっては複雑なところ。
「ああ、実のところ俺は今、ヘンリーではない。アルベルト・アインスを名乗っている」
「アルベルト?」
「偽名だ。当然だろう? あの国の中枢には俺を殺そうとした者がいるのだからな。正体を隠す必要がある」
「でもデールさんは? いくらなんでもわかるんじゃないかい?」
「いや、いくらか男前の顔つきになったおかげで、公式な場所でもこれを被ることが赦されているんだ。まあデールに会うような場に出るほどの機会もないが、保険の意味だな」
ヘンリーはフルフェイスの兜を指でくるくる回しながら、顔に走る斜めの傷を見せる。
「傷ぐらい消せるって言ったのに残すっていうのよ。この人。顔だってモシャスで変えられるのに、どうして苦労したがるんだか?」
ふうとため息を漏らすエマ。
「そういうわけにもいかないんだよ」
ヘンリーも負けじとフンと鼻を鳴らす。おそらくは彼なりのプライドなのかもしれない。
「俺は今、ラインハットの進撃隊の隊長を任されている。最近オラクルベリーに腕のたつ庸兵がいると聞いてな、その容貌がお前にそっくりだからエマに無理を言って送ってもらったのだが、まさか当人だとは思わなかった。リョカ、俺とともに来い」
「来いって、ラインハットにかい?」
「ああ、俺に力を貸してほしい」
そう言いながら頭を下げるヘンリー。その様子にエマは驚いたように目を見開く。それはリョカも同じで、慌てて彼を制する。
「待ってよ、ヘン……、アルベルト、僕はそんなこと……、それに、君が戦争を起こしているのかい?」
リョカの戸惑う目にヘンリーは一瞬面食らった様子になる。そして少し考えたあと、頷いてから告げる。