ラインハット編 その五 ドーナッツ-5
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リョカはブランカ国近くの野営砦「オールドファッション」にて、簡単な説明を受けていた。
砦にはいくつものテントと大きな鍋、燃料となる蒔きとコークス。それに食料が詰め込まれており、今日も陸路にて追加が行われていた。
まさかこのまま兵糧攻めで落とすつもりだとすれば、それはのんきを通り越して莫迦としか言いようが無い。だが、ヘンリーは特に気にする様子もなく、その報告を受けていた。
「僕のまったく知らない世界だよ……。けど、今更僕に何か手伝えるようなことは……」
大方理解したリョカだが、兵隊の欠員なら正規軍を増員するべきで、今更一人増やす意味がわからない。
「うむ。お前には……、もう一つの作戦を頼むつもりだ。俺は言っただろう? 全てを取り戻すとな」
「ああ。それはやっぱり……」
クーデター……。
でかかった言葉をリョカは飲み込む。彼の正体を知られることも憚れるが、それ以上に国家転覆を図る計画などおいそれと口にすべきではない。
ただ、正直なところ、ラインハット国の情勢は安定していないことは誰の眼にも明らかだった。
アルベルト登場までのアルミナによる野放図な侵略により国内は疲弊しており、新たな侵略戦争の出費はボンモール国からの賠償金による自転車操業によるもの。
内外問わず国王、女王への不満は高まっており、一部利益に興じるものに目を逸らさせられているのが現状だった。
そしてもう一つ出始めている動き。それはヘンリー第一王子の凱旋の噂。
――三年前に出奔したヘンリー第一王子は、実は生きている。
幼き頃から次期王としての自覚を持ち、帝王学を学んでは先人を平伏させ、政治学に明るく、治世に置いては自ら剣を振るう胆力の持ち主。
暗愚とされる妾の子、デール第二王子を討ち、その時こそラインハットによる真の東国統一がなされる。それはヘンリーによるクーデターを意味し、日に日に庶民から渇望されてきているのだ。
東国事情に疎い……というよりは、意識的に耳を塞いでいたリョカにとっては初耳だった。
「リョカよ……」
ペンを走らせるヘンリー。リョカはそれを覗き込む。
――ブランカはまもなく落ちる。その後、東国統一のセレモニーが予定されるであろう。そのときこそ決起するに相応しい舞台だ。既に重臣の幾人かは抱え込んである。当然正規兵もだ。だが、城内の式典にもぐりこめるのはせいぜい副官に一人か二人。エマは姿を隠せるが、自身が限度だという。俺は一番信頼できるお前に来てほしい。共にアルミナを討つために。
ヘンリーは何も言わず、ペンを強く握り締める。歯を食いしばり、険しい表情で居り、リョカが頷くのを見たあと、灯火に翳す。
「アルベルト隊長!」
ノックもせずに兵隊が駆け込んでくる。
「何事だ、トム」
「はっ……、ブランカ国に火の手が上がりました」
「そうか、ならば予定通りに動け……」
ヘンリーは一瞬考え込んだあと、立ち上がり、兜を拾い上げる。
「リョカよ、俺に続け」
リョカもそれに続き支給された装備を取る。しかし、左肩に走る緑の三本線を見て、そのままの軽装でヘンリーを追った。