ラインハット編 その五 ドーナッツ-3
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あくる日の朝、ルーラでオラクルベリーに戻ったリョカは、借家にて荷造りをしていた。
留守にすることの多いリョカの荷物はそれほど多くなく、また使いふるした鋼の昆などは別途支給すると言われ、質屋に入れた。
その他にもお金になりそうなものは全てゴールドに換え、台所のテーブルの上に置く。
これまでの傭兵としての給料もかなりの量であり、女一人が暮らすには十分な資産を残すことができた。
「……あ、あの……」
荷造りが終わりかけた時、マリアがそっと口を開く。
「なんだい? マリア」
リョカは務めて平静にそう応える。ただし視線は荷物に向けたまま、向き直る様子もない。
「私は……。いえ、リョカさんはどうなさるつもりなんです?」
「どうって……」
「ですから、ヘンリーさんと一緒にラインハットへ行くつもりなんですか?」
「ああ、僕はやっぱり父さんの汚名を晴らしたい」
「そんな……、だって……。私は……私は……」
「君にはヘンリーがいるよ」
「だって、もし、もし失敗したらどうするんですか? そうしたら私はまた……、また一人に……」
「大丈夫。きっと上手くいくさ。僕らはあの地獄からも出てこれたんだ。だから……」
楽観的に言い放つリョカだが、本当のところ、今居る締め付けられるような穏やかな牢獄から逃げ出したいのかもしれない。だからリョカはマリアを数秒と見つめられずに居る。
「それとこれとは違いますわ。監視の目を盗むのと国一つ盗むなんて全然……全然違う……。きっと、きっと上手くいくはずなんて……ありえない……。どうしてそんな見えないようなもの……。もっとこう、小さな幸せで満足できないんですか……」
その逃げを赦さぬマリアは彼の胸に飛び込み、潤んだ瞳を向ける。
「マリア。僕も本当は自分や、その守りたい大切な人と一緒に過ごせる程度の幸せだけで十分だと思うんだ。でも、僕もやっぱり奪われたものを取り返したい気持ちがあるんだ。それに、父さんとの約束、母さんを探すことはできそうにないし、それならせめて父さんの名誉だけでも取り返したい。だから僕は行く。暫く戻ってこれないと思うけど、その分のお金はあるよね? ゴメンね、マリア」
リョカは彼女に深く頭を下げる。
「どうして、どうして私は……」
「ゴメン。もう行くね……」
リョカは部屋を出る。その背後で聞こえる嗚咽を浴びながら……。
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「お待たせ……」
荷造りを終えたリョカは、宿の外で待っていたヘンリーに声を掛ける。
彼のその鎧の紋章から街の人は遠巻きにそれを見ており、明らかに怯えていた。
「リョカよ、マリアは……」
「彼女は君が迎えに行くといい。王になってから、必ず……」
「そうか……。すまないな……」
ヘンリーは何か言いたげな様子だったが唇を噛みそれを飲み込む。
「よし、行こう……」
二人は頷き合うと、エマの待つ人気のない路地へと向かった……。