ラインハット編 その五 ドーナッツ-2
「そうだな、俺が作戦、指揮を執っている」
「じゃあ君がサンタローズを? 父さんに罪を着せて進軍させたのか?」
「それは違う!」
珍しく激昂するリョカに、ヘンリーは鋭く言う。
「その時は俺もお前もあの地獄に居た」
ふうと息をつくヘンリー。彼としては母国が友人の父に不名誉を着せ、あまつさえ侵攻の理由にしたことは苦く思っているらしい。リョカもまた、逸る気持ちを抑えようと水を飲む。
「もし……もっと早くに俺が戻っていることができれば、なんとしても止めていた」
「けれど……、サンタローズは……」
「他国に攻め入る理由がほしかったのだ。本来サンタローズ程度の田舎町を取る理由など無いからな……。いや、こんなことを言ったところでラインハットの愚行に代わりはないのだが……」
「君は、人々を幸せにするんじゃないのかい? なんで戦争なんて?」
「東国を安定させるためだ。今の状態では野放図に侵略を行い、共倒れになるのが目に見えている。それならばいっそのこと、強いラインハット国が支配するのが大多数の平穏に繋がる。不幸な民もでるが、それ以上に幸福な民を増やすつもりだ。それが王者として人々の上に立つものの背負う業だ」
「けど……」
「リョカよ、お前の気持ちはわかる。というか、お前の父に国王殺しの汚名を着せた国だ。今も侵略戦争を行っている以上、協力などできないのは当然だ。だが、東国を平定するのは今しかない」
「僕にはそんなこと……、それにもう……」
リョカの中で固まりかけていた未来。それは小さく、つつましい幸せを直ぐ傍にいるあの人と共に過ごすこと。その一方でマリアはヘンリーの……。
「リョカよ、お前は父の汚名を晴らしたくは無いのか?」
「え?」
静かな一言がリョカの雑念を払う。
「俺が何を考えているか、わかるか?」
「わからない」
「俺は奪われたものを奪い返すつもりだ。つまり、国を奪い返す」
「ちょっとアルベルト!?」
エマは驚き声を荒げる。彼女は彼の内に秘めた野望を知ってはいるだろう。そして、それをみだりに口にすべきでないことも。どこに間者がいるかもしれないのだ。
「俺はリョカを信じている」
「けど……もう、本当に貴方ってバカなのかもしれないわ……」
「話を戻すぞ。リョカ、俺は国を取り戻す。その時は必ず貴様の父の不名誉を晴らす。これだけは約束する。しかし、お前はそれでいいのか? お前には力がある。魔法でも単純な戦闘能力でもな。無いとすればそれは汚名を晴らすための機会だろう。それは俺が必ず作る。そうだとして、貴様は本当に何もせずにいられるのか?」
「それは……どういう……」
「リョカよ、お前には父の汚名を晴らすことができるのだ」
「僕が父さんの……汚名を……」
「ああ、ラインハット国先王チップの死はパパス・ハイヴァニアによるものではないと証明するのは、お前の手でこそすべきではないか?」
父の汚名を晴らしたいということはリョカにとっても否定できない願望である。ヘンリーの提案がどれほど現実的なものかはわからないが、藁にすがるような希望でも、もしあるのであれば掴みたいというのが本音。
だが、リョカを囲む世界は、今はマリアのみであり、彼女は……?
「誰?」
エマが扉に駆け寄り、ドアを開ける。それと同時にマリアが倒れこむ。
「貴女、立ち聞きなんて本当に趣味が悪いわね」
「すみません、エマさん……」
立ち上がるマリアはヘンリーを見て、複雑な表情をしていた。
「マリア……そうか、君も無事だったのか……。よかった……」
ヘンリーは話も途中にして席を立つと、マリアに駆け寄り、その手を取る。
「マリア、君と離ればなれになって以来、ただの一日として君を想わぬ日はなかった。本当に無事でよかった……」
その手を振り払おうとするマリア。ヘンリーは衆人の目があるゆえの抵抗と笑い、そのまま抱き寄せ、彼女の顎を上向かせる。
「ヘンリー……だ、だ……め、ん……んふぅ……」
馴れた手つきでの唇の逢瀬。
周囲の視線など気にせず、彼の言うとおり、奪われたものを奪い返すかのような、当たり前の動作で、当然のように……。
「ヘンリー、君はやっぱり……」
リョカはただ、痛む胸と晴れやかな気持ちで視線を逸らした。