ラインハット編 その四 ラインハットへの帰還-6
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「天高く聳える巨大な星よ、内なる斥力、弾けて示せ! 爆ぜろ! イオ!」
爆裂初級魔法を放つアルベルト。それは青白い光の魔法障壁により弾かれ、近くの土手で爆発する。
「マホカンタか? あの布陣で敷かれては、魔法は無力だな……」
少数の兵士を引き連れ川を渡った双頭の蛇。ブッシュ藪のような身を隠せる場所もなく、やみくもに放った程度では逆に被害を受けるばかり。
もちろんアルベルトも落とせる見通しなどはない。難攻不落とされるレイクバニアを自分の身で体験してみたかったという安易な欲求の表れだった。
「隊長、ここは撤退を……」
「うむ。命あってのものだな。よし、全軍撤退……? なんだあれは?」
砦の一部に法衣と魔力を増幅する杖を持った兵が集まり、青白い魔法障壁を張る。
アルベルトに魔法で挑むつもりが無ければそれは無意味なのだが、彼らは何か目的があるらしい。
しばらくして栗毛の男が出てきたと思うと、複数の魔法使いと共に、火炎を空中に出現させる。その一つ一つはそれほどではないが、やはり人数が集まると圧巻である。
「馬鹿な。ウサギ狩りのためにここを焦土にするつもりか?」
おそらくは初級閃光魔法程度であり、せいぜい追い払う程度だろう。そう考えたアルベルトだが、次の瞬間目を疑う。
「ギラ!」「ギラ!」「ギラ!」
一斉に放たれた閃光魔法。広域に放たれるはずのそれだが、青白い魔法障壁に導かれ、集中してアルベルト達に向かってくる。
「いかん! 散れ!」
アルベルトがそう言うころには既に兵士達は蜘蛛の子のように散らばっており、彼も咄嗟に横に飛び、何とかそれをかわす。ある程度距離があったおかげでなんとか逃れたものの、弾が初級魔法であることから連発も可能と予想できる。
アルベルト達は散り散りになり、撤退を余儀なくされた。
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「貴方、たまに本当に馬鹿なんじゃないかって思うの」
夜明け前、ようやく寝所に戻ったアルベルトを迎えたのはエマの呆れた声。それもそのはず、一歩間違えれば命すら落としかねない状況に自ら進んでいくのだ。正気の沙汰ではない。
「まあそういうな。あれでもそれなりの価値はある」
「お尻に火がついて逃げ出した貴方の言うことかしら?」
「ふふん。瑣末なことだ」
「なら、またお手並み拝見ってところかしら? 今度はどれくらい?」
「そうだな。今回は一ヶ月……だな」
「そんなに? 相手の準備を待ってどうするつもりなの?」
一ヶ月もあればブランカ国の反撃戦の準備が整うのではないか? エンドールのような抜け道を使う裏技的な勝利が望めるわけもないが、それにしてものんびりしすぎな目測に、エマは驚きをあらわにする。
「いや、落とすだけなら今からでもできるだろう。だが、その後が良くない」
「その後?」
「ああ。俺は初めて見たが、マホカンタを実戦部隊に配備していた」
「ええ。魔物相手ならともかく、人間の戦争にしては珍しいわね」
魔法使いを部隊に配置する試みはどこでも行われている。だが、もともと高位の魔法を使えるものは少なく、軽装歩兵による槍衾のほうがはるかに安価で効率が良い。また、乱戦の際に同士討ちを起こしかねないことからも広域魔法は嫌われ、せいぜい砦における防衛にのみ発揮されるに留まっている。
だが、レイクバニアに配置された魔法部隊は違う。広域魔法を収束させて放つという戦法は、これまでに例が無い。マホカンタが高位の魔法であることからそれほど汎用性があるわけではないが、初級広域魔法を凶悪化させることで、戦力の幅が確実に広がるだろう。
「で? どうする? マホカンタなら私も使えるけど……」
エマはいつものように手助けをほのめかすが、きっと答は同じだろう。
「うむ。そうじゃないな。先ほども言ったが、落とすだけではその後が良くないんだ。なんせ次も勝たねばならないからな……」
「はいはい、聞いた私が馬鹿でした……」
そう言うとエマは光を纏い、消えていった。呆れたというよりは拗ねた印象を受けることに、アルベルトは自分の勘が鈍ったかと思ったが……?