ラインハット編 その三 ポートセルミの砂浜で-7
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ラインハット侵攻軍、第一野営地にて、指揮官であるトム・エウードはクマのようにうろついていた。
もともとは国境の見張りであった彼は、兵士としての年季こそあるものの、侵攻の才能はない。手に余る任務もさることながら、人と人が生死を交差させる戦場の雰囲気に及び腰になっていた。
今日も敵国の情勢を見守るだけという弱気な指示に、部隊の多くは厭戦感を持ち始めていた。
「本国にいって……、いや、そうしたら俺は打ち首か? 今のアルミナ様なら俺の首など庭の花を手折る程度にしか感じないだろう。そうしたら家族は、妹は……」
トムは答の出そうに無い悩みを抱えながら、今日も簡易の小屋の中で円を描く。
そこへ……、
「げこ……げこげこ……」
「うひゃ!」
突然現れたがまがえる。トムは驚いてしりもちを着くと、手近にあったものを適当になげる。しかし、がまがえるはそれに怯まず逆にびょんびょんと近づいてくる。
「だ、誰か、誰か来てくれ! いや、お前は来るな、あっちいけ!」
「まったく、情けないな……」
ため息交じりの声とドアの開く音。入ってきた兵士はガマガエルを拾い上げると、小屋の外へ放り投げる。外で女の悲鳴が聞こえたが、トムは目の前の脅威がなくなったことに安堵する。
「な、情けないとは無礼だな。まさか貴様のイタズラか!?」
「そうだとしたらどうする気だ?」
「なっ!」
横柄な態度の兵士にトムは顔を真っ赤にする。もともと信頼の厚い指揮官というわけではなく、本人もそれは自覚しているが、こうあからさまにされては立つ瀬がない。
「無礼な、名前と所属を言え!」
すると兵士は外を見た後、向き直って言う。
「ヘンリー・ラインハルト……」
「ヘンリーだな……貴様、絶対に……」
真っ赤になっていた顔がはっとなり、そして緩み始め……。
「ヘンリー? まさか……、そんな……けれど、ライン……」
「しっ!」
指を立ててその先を制すアルベルト。もう一度外を見た後、ゆっくりとドアを閉める。
「いい加減、カエルぐらい馴れろ……。あれも食えば鶏肉みたいで旨いらしいぞ?」
「あれを食べるなんてとんでもない。というか、へ……、アルベルトのせいですよ……。貴方が私の寝所にカエルを入れたこと、末代まで忘れません」
どさりと椅子に座り込むトム。手で顔を押さえ口もとをゆがめる。
「まさか、また会えるなんて……」
「まあな……」
「王子が賊に誘拐されたと聞き、私はこの国の行く末に不安を感じました。まあ、今そのまっただか中にいるわけですがね?」
「そうだな……」
「そうだ、デール王にはお会いになられましたか? 今すぐにでもこんなばかげた戦争を……」
「残念だがトム、こちらから攻め立てた以上、そうもいかん」
「ですが、いくらアルベルトでもこの状況下、どうやって盛り返すというのです? 地図の上では確かに我らが圧しています。しかし、現状、エンドールの城を落とすなど……」
ヘンリーの才能についてはトムも知っている。ラインハット国の政治、経済を司るケイン・マッケインの師事を受け、軍師団長を演習にて互角に戦い抜いたとされる手腕。剣をこなし、魔法を習得する才能の寵児。それがヘンリー第一王子だった。
彼ならばこの窮地をひっくり返すほどの策があるのだろう。もしくは、和平の道を探るべく、交渉に立ってくれるのでは?
「そうだな。普通はできん」
そんな期待はすぐに打ち砕かれた。がっくりと肩を落とすトムだが、ヘンリーの余裕の表情を見るに、まだ何かあるかと顔を上げる。
「俺は一度だけエンドールの城に入ったことがある。その時、迷子のふりをして城の中を探索させてもらった。抜け道を知っている。あれだけ大きな城だ、改修などできないだろう。そこでだ……」
「はい……、ふむふむ、なるほど……そんな道があるとは……」
「決行は明日の夜半過ぎ。俺と何人か来い。他の兵は第一野営地で待機。合図を待たせろ」
「はっ!」
トムは礼をすると、ただちに指令を出すため、部屋を出た。