ラインハット編 その三 ポートセルミの砂浜で-6
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土曜の朝早く、アルパカの街の広場にて人垣ができていた。
緑の三本線を左肩に記した兵士達がラインハットの旗を持ち、志願兵の受付をしていた。
腕自慢の若者が幾人か並んでおり、中には物見夕山で眺めているものもいた。
ヘンリーはその列に紛れ込み、しばし待った……。
名前をアルベルト・アインスと偽り志願兵入りを果たしたヘンリー。
彼はアルパカ精鋭部隊の一員として三ヶ月の訓練の後、早速最前線へ送り込まれた。
ボンモール国の東に位置するエンドール。かつてボンモールによって併呑された国家だが、その経済力と内政力、交渉力から内側からボンモールを支配していた。
ラインハットの初戦の勝利とその勢いからボンモールこそ攻め落としたものの、経済の中枢であったエンドールは未だ健在。残った戦力をかき集め、足りない分は東の海に船を走らせて補充した。
胎を据えての防戦は単純な進撃をことごとく退け、その勝利の気勢から徐々に反撃の意思が芽生え始める。
ラインハット侵攻軍、第三野営地。聞こえはよいが、簡易の小屋とテントの集落でしかない。城攻めを行う上で戦力は敵の三倍を要するという定石が、侵攻軍では守られていなかった。
エンドールは平和的な国であり、軍備もたかが知れている。ボンモールを落とした時点で降伏も時間の問題だろう。その甘い見通しが仇なして今に至る。
見張りの任を受けたヘンリーは塹壕にて一人槍を抱いて待機する。
「……城門が一つで、城壁も高いか……」
簡易の魔法望遠鏡にてエンドールの城を見るヘンリー。ボンモールよりも大きく、そして防壁に秀でたそれは、生半な手で攻略できるものではない。
「こればっかりはお手上げじゃないの?」
光が眩き、ふわっとローブの女性が塹壕に降りてくる。
「珍しいな、お前が人の目に触れそうな場所に出てくるのは」
「誰も来ないわよ。というより、貴方以外は皆及び腰。勝負以前の問題よ」
城を前にして感じる絶望感。手数も武器も城攻めに必要な道具も何もなく、ただ「落とせ」の命令のみ。日々切り詰められる兵站と、高まる反撃の気勢。ラインハット侵攻軍の士気が下がるのは当然と言える。
「城攻めなら門を開ければいい。私ならレムオルで誰にも気付かれないでそれができるわ。なんならルーラで小隊を運んであげるわよ?」
胸を張って言うエマ。確かに彼女の力を借りればそれは可能だろう。敵の頭を越えて進撃ができるのであれば、高い城壁も堅牢な門も意味を成さない。
「いや、それはできないな……」
だが、ヘンリーは首を横に振る。
「なんで? まさかこの状況でまだ子分に拘っているの?」
「そうじゃない。もしそれを使えば、俺の経歴に闇を残す」
「経歴に傷つくのが怖いの? 馬鹿じゃない?」
「傷ではない。闇だ」
「闇?」
「うむ。もし安易に禁止魔法を使ったことがばれれば、ラインハット国を危険国家と考える国が増えるだろう。東国に限らず西国、果てはグランバニア、テルパドール地方にすら噂が広まる。それにサラボナの強欲な者達がルーラの使用に気付けば、自分達の利権を守るためにも経済封鎖をかけてくることもありえる」
「複雑なのね、人間は……」
人間世界でルーラが禁止されている理由。それは一部の商家や王族に限り知りえること。東国を統一したとして、世界から封鎖されては意味がない。
「なに、その複雑さゆえ、手が回らぬ場所が出るものさ……」
ヘンリーはにやりと笑うと、塹壕を出て近くの湿地へと歩いた……。