ラインハット編 その三 ポートセルミの砂浜で-4
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次の日、目を覚ましたヘンリーの前にエマの姿は無かった。
彼はそれほど気に留めず、用意されていた朝食を平らげ井戸へと向かう。まずは身なりを整えるためと剃刀で髪を切り、不精髭を剃る。次に仕立て屋へと行き、旅人の服を用立てる。これで彼が逃げた奴隷と思う者もいないだろう。
続いて武器屋にて蛇皮の鞭を買い、腰に装着する。昨日目覚めた砂浜へ戻ると、周囲に砂煙を上げながらクレーターをいくつも作る。
「居るのか?」
ヘンリーはタルの残骸を前にして、そう告げる。
「ええ、ずっとね」
すると再びエマが姿を現す。
「ふん、まるでストーカーだな。そして、なんの用だ?」
「なんの用って、貴方こそ用があるんじゃないの?」
「無い」
「またまた強がって……。貴方には目的があるんでしょ? ラインハットに戻って……」
「そのつもりだが」
「なら、私が連れていってあげる。ルーラでひとっ飛び……」
「不要だ」
「なに? まさかまた子分になれとでも言うの? まったく変なところで子供なんだから」
「そうじゃない。ラインハットに戻るにしても色々順序がある。それに自力でできる。まあ、貴様が子分になるというのなら、今すぐ使ってやるがな」
「おあいにく様。人間の家来になるつもりはないの」
「家来ではない。子分だ」
「どう違うのよ?」
「全然違うだろ?」
「そうかしら?」
「そうさ……」
これ以上のやり取りはばかばかしいとエマはそっぽを向く。
「俺はアルパカへ向かう。そこまでの旅費なら昨日の残りと水夫見習をすればなんとか口がきけるだろう」
「アルパカに? 知り合いでもいるの?」
「そういうわけではないが、もし監視の話が真実なら、むしろ都合が良い……」
西を見ながら黙り込むヘンリー。彼のその思案気な様子に、エマは「へぇ」と漏らした……。
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ヘンリーがラインハットへすぐに戻らずにアルパカに寄る理由。それは、監視に聞いたある噂を確かめるため。
ラインハット王、チップ・ラインハルト殺害は旅の庸兵、パパス・ハイヴァニアによる暗殺。さらに第一王子であるヘンリー・ラインハルトを誘拐した。賊はサンタローズに潜伏しているという噂を元に、兵を差し向けた。サンタローズは焼き討ちに遭い、その後も近隣の街に出兵しているという話だ。
問題は国軍を運用したことで東国のバランスが崩れたこと。
東国の大国の一つであるブランカ王国は、ラインハット国の西国出兵、及び先王の死による混乱を勝機とみなし、軍を差し向けたのだ。
しかし、本来謀殺であるチップの死による混乱はなく、ラインハット国側は逆に迎撃にてそれを撃退する。勝利の勢いのまま矛先を隣国のボンモール国に向けた。その後は西国、東国を問わず出兵しているらしい。
現在のアルパカはラインハット国の影響下にあり、志願兵を募っている。
ヘンリーはラインハットに戻る手段の一つとして、志願兵となることを選んだのだった。