ラインハット編 その三 ポートセルミの砂浜で-3
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酒場で快勝したヘンリーは宿へと向かった。
受付では彼の身なりから前金を取られたが、チップを渡すことで態度が変わり、二階の個室まで案内してくれた。
二年ぶりの開放感にヘンリーはベッドの上で大の字になる。多大な疲労で逆に眠れず、重い瞼と火照る額に悩まされる。
――リョカよ、生きていろ。
自分がこうして生きているのであれば、きっとリョカも……。そして心を惑わすマリア。彼女もまた生きていてくれているのではないかと期待してしまう。
だが、大破したタルと付近の海流、水棲の魔物を考えると、それは……。
「……まったく、ずるい人ね。人のチップを無断で借りるなんて……」
「誰だ!」
不意に聞こえた女の声。ヘンリーは起き上がり周囲を見る。しかし、暗がりの中、誰も居ない。ならばこそ、心当たりがある。
「エマか……?」
「ご明察」
ヘンリーがそう伝えると、光の精霊が舞い始め、何も無い空間にローブ姿の女性が現れる。
「ふむ……」
「あら、ご挨拶ね」
「貴様が無事なのはわかりきっているからな」
「まあ、そうね」
「それより……、貴様はリョカとマリアの行方を知らないか?」
「さあね。私は貴方のことを助けるのに必死だったし……」
「俺を助ける? 俺が生きているのは……」
「貴方ねえ、あんなタルで海流に乗れると信じているの? まったく……、落下と一緒に大破して海に投げ出されて、タルの残骸に絡まって漂流してたの、忘れたの?」
「いや、覚えていない……」
「くらげみたいに漂っていたのを見つけてここまで運んであげたのに……」
「そうか、お前が俺を……。ではリョカとマリアは?」
「二人は……、見つからなかったわ」
「……くっ!」
「あらあら、荒れてるのね」
「当たり前だ! 俺は、俺はみすみす友と愛する人を死に追いやったのだぞ! これが、これが……」
「しょうがないでしょ? それに、たとえ脱出に参加しなくても神殿が完成すれば死ぬのよ? 私がレムオルを使えるのはわかるでしょ? こっそり聞いたのよ。監視達が話してるのをね……」
「だが……」
「なら、あの二人は貴方のせいで死んだ。せいぜいそう思えばいいんじゃない?」
「貴様には……、思いやりがないのか?」
「ヘンリー、貴方だってわかっているでしょ? 奉仕者に落ちた時点で遅かれ早かれそうなるの。せめて脱出のチャンスがあっただけでも儲け物。貴方には運があって、彼らには無かった。ただそれだけのことよ……」
「……」
「ヘンリー、もう忘れなさい……。貴方は王者になるべき人。あの地獄から抜け出せたのは、運命がそうさせた。違うかしら?」
「俺は運命など……信じない……」
「貴方は疲れてる……、彼にひと時の安らぎを……、ラリホー……」
「ぐ、貴様……」
「おやすみなさい……ヘンリー、世界の王者となる者よ……」
ヘンリーは深く、深く眠りについた……。