ラインハット編 その二 奴隷王子-8
「なら交渉の余地はないな。俺はお前の僕になるつもりはない」
「ヘンリー、そんな言い方は……」
「ルビーエルフは人間を信用しない。というよりは、我々が恨まれることしかしていないのだ。むしろ俺を助けてくれたことすら奇跡に近い」
「話が早くて助かるわ」
「リョカ、お前とマリアだけなら何とかできる。任せろ」
「そう……。けど僕はここに留まって少しでも……」
「バカなことを言うな。お前もわかっているだろう? ここにいたところで救える命など無い。俺はお前の看病に感謝している。そして、ラインハット国を立て直す力になってほしいと考えている」
「僕は……」
逡巡するリョカ。優しい彼ならきっと自分を省みずそう言うだろう。その盲目的な博愛主義が、ヘンリーには悔しかった。
リョカには潜在的な力を感じる。多種にわたる魔法の習得、おかしな随行者との触合いを考えると、「パパス」の息子だからという一言で済ますことができない。
親和性や協調性、ヘンリーに足りない魅力を持つリョカは、彼の描く未来の欠片を埋めるのに適している。
「リョカ、前を見ろ。ここにいてもお前の父の遺言は果たせない。卑怯な言い方だが、お前がここに留まるのはパパス殿の遺言を異にするだけだ」
だからこそ、ヘンリーは意地になっていた。
「頼む、リョカ」
きっと彼が断れないであろう文言を出すのは卑劣と思いつつ、ヘンリーは手段を選ばない。
「……わかったよ、ヘンリー……」
ようやく頷くリョカに、ヘンリーはほっと胸を撫で下ろす。
「ふん。かってに盛り上がって……。まあいいわ。ヘンリー、貴方の王者としての資質、見させてもらうわ……」
「そうだな。その時はお前も子分にしてやる」
もし可能であれば、この便利なエルフもと、あわよくばそんなことを考えながら……。
「だから、貴方が僕になるのよ……」
++――++
「監視殿、ヘンリーの様子なのですが、どうにも手に負えそうになく、処置室に運ぼうと思います……」
夜半頃、労働が終り、奉仕者達が戻ってきた頃、リョカは扉に鍵を掛けようとした監視に声を掛ける。
「ふん、やはり無駄だったか……。まあいい、許可しよう。さっさと運んで来い……」
「それが、下手に回復させたせいで、暴れてしまいまして、もう一人付き添いを必要とします。許可をお願いできますか?」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます。マリア、お願いできるかい?」
「え、でも、ヘンリーさんを処置室になんて……」
「お願いだ。君しか頼めないんだ……」
「ですが……」
執拗に拒むマリアだが、もがき苦しむふりをするヘンリーは彼女の手を握る。
「わかりました……」
一瞬の目配せにマリアは頷き、暴れるヘンリーを起こす。
「ああ、終ったらマリア、お前は兵舎に来るように……」
「はい……」
監視の薄ら笑いを不思議に思いながら、リョカはヘンリーに肩を貸した。
ヘンリーは計画通りと、小さく口元をゆがめた。