ラインハット編 その二 奴隷王子-6
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薄暗い、錆びた鉄のする部屋は、奉仕者のそれと比べれば上等という程度だった。
ヘンリーは縛り付けられた状態で、鞭による責め苦を受けていた。
小太りの男は顔を真っ赤にさせながらふーふーと鼻息を荒げている。容姿的なコンプレックスがあるのか、執拗に彼の顔に鞭を走らせるが、周囲に気遣ってのせいか、それほどではない。
「どうだい? これからは真面目に働く気になったかい?」
業を煮やした監視はヘンリーの頬にナイフをつきたてる。そのひんやりした感触に、ヘンリーはようやく汗をたらす。
ふと反射した光が目に眩しく、視線を逸らしたとき、通気口に何かが見えた。
そこに集まる光の精霊。そして身体に訪れる癒しの風。ヘンリーは気取られぬように笑い、ある賭けをする。
「や、やめてください! 俺、反省してます! もう二度と軽口立てませんから!」
そのわざとらしい反応にも、ようやく拷問を受ける囚人らしいと笑いが起こる。
「へっへっへ、いきなり命乞いか? 安心しろよ。お前は俺らの教団の大切な労働力なんだ。簡単には殺さねーよ」
「ひっ、ひぃ……」
ぶんぶんと首を振るヘンリー。そして、視線を空調の穴へ向ける。
「せめて、回復させてくださいよ。俺、明日からがんばって働きますから、だから……、だから……」
「てめえに薬草なんてもったいないんだよ。俺のションベンでもかけてやるよ」
監視の一人はズボンを降ろし、ヘンリーに対し放尿を始めようとする。
「おいおい、部屋が臭くなるからやめろよ」
それを薄笑いの監視に咎められ、しぶしぶ逸物をしまう。
「へっへ、まあ、そうだな。ここは奉仕者の部屋じゃねんだったな。まあいい、お前はせいぜいいたぶってやるよっと!」
監視の男は鞭を手放し、握ったこぶしを思い切りヘンリーの腹に埋める。
「ぐふっ!」
血反吐を吐くヘンリー。監視はその様子に興奮したらしく、さらにもう一撃。
衝撃に胃がせりあがり、戻し始めるヘンリー。
「うわっ汚ねえ! てめえ吐いてんじゃねーよ!」
思わぬ反撃にあった監視はヘンリーの頬を叩く。息を荒げるヘンリーはその監視を一瞬睨み返すが、また視線を落す。
「このやろう!」
その視線に気付いた監視はさらにいきり立ち、ヘンリーに暴力を振るった。
その皮膚がやや硬いことになど、当然気付かずに……。
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賭けには負けたというべきだろう。
リョカが防壁魔法と回復魔法が使えるまでは良かった。しかし、その後の監視者のエスカレートする暴力に、彼の身体は死線をさまようはめになる。
本来ならそこそこの怪我を受け、仮病後、処置室送りを要求させるつもりだった。
その見送りにリョカとマリアを指定することで脱出を図るつもり計画だが、どうにも身体が言うことを利かない。
痛みと熱にうなされ、ヘンリーは何度も夢を見た。
ラインハットの緑の三本線の入ったマントを翻し、民の前に立つ自分の姿。
必ずラインハットの地に戻り、国民のために国を繁栄させると誓ったはずが、ここで朽ち果てかねない自分。
ならばせめてリョカだけでも逃がしたい。脱出の計画、算段を伝え、できればマリアを連れて……。
彼の父を奪い、奴隷に落とさせたことへの償い。たとえこの身が朽ち果てても、果たすべき命題。
ヘンリーは血反吐を吐きながら、文字にならない何かを延々と書きなぐる。
リョカはそれをうなされたと勘違いし、必死に手を握る。
せめて精霊文字を空に書けるほど魔法に精通していればよかったと後悔するヘンリーは、痙攣をしたあと、また深い眠りにつく……。