ラインハット編 その二 奴隷王子-4
「マリア?」
指で涙を掬う彼に、マリアは抗う気持ちを失っていた。
「……あっ、すみません……。兄のこと、思い出してしまって……」
ほろりとこぼれる涙。気恥ずかしくなり、視線を逸らすが、その一瞬の隙に、抱き寄せられる。
「へ、ヘンリーさん? いけません。こんなところを見られたら……」
「構わないさ……。暫く、こうして……」
そっと抱きしめるヘンリー。背中に回した手が優しく愛撫し、薄汚れた頬を重ねる。耳もとに彼の吐息がかかる。そのくすぐったさに、しばしマリアは現実を忘れる。
「一緒にここを出よう……」
「え?」
マリアは急に現実に戻り、彼を見返す。
神殿建設現場での日の浅いマリアでも、この地獄から抜け出す方法など無いと理解していた。だが、ヘンリーは嘘や冗談、希望を見せるための偽りを語る風ではなく、いたって真剣に、彼女を見つめていた。
「そんなこと、できるはずが……」
「できるさ。俺を信じろ……」
そういってもう一度抱きしめるヘンリーに、マリアはそっと身をゆだねた……。
++――++
いつものように水を汲み、運ぶマリア。
白い胴衣もだんだんと薄汚れ、櫛も満足に入れられない髪は最近切ってしまった。日々の労働で白い肌も焼け始め、腕もやや太くなる。
初めてここへ来た時のたおやかな雰囲気も消えたが、爽やかさが備わり、破れた胴衣から見える肌に生々しさが見えた。
監視の一人は階段を上がる彼女を見つめ、ゴクリと唾を飲む。
瓶を持つ彼女は水がこぼれないようにと慎重に、気をつけながら歩いているためか、身なりにおろそかになっていた。
やや大きめの胴衣、ほつれも目立ち始め、階段の上から眺めると、下着もつけていない胸元が風の具合によっては覗けてしまう。
目をしばたかせてマリアを見る監視の男。
ここへ来る奉仕者の女はどれも器量悪しの者ばかりで、彼女のような存在は彼らにとっても異質である。夕飯のおかずや労働のサボリを理由に何人かの女奉仕者ととり引きをする監視は多く、その欲望が彼女に向かないはずもない。
ただ、彼女の場合、兄が教団員で、その地位は奉仕者の監視より高い立場にあるらしく、あまり下手に手を出して行為が発覚した場合、監視から奉仕者に落されかねない。
また、労働自体も比較的楽な水汲みとあり、さらに小食であることからサボリや食欲で誘惑することもできない。かゆいところに手が届かない存在なのだ。
そんな鬱憤を抱く監視が下心を出さぬはずもなく、風のイタズラで見え隠れする彼女の胸元を盗み見ていた。
未だ白い肌にふっくらとした胸。手で嗜めばややあまる程度のおっぱいと、小ぶりな乳首。もし彼女が普通の奉仕者なら、何かしら文句をつけて慰みものにしていたであろう。それともか、ひと時のたんぱく質で腰を振ってくれるだろうか? 下卑た妄想をしつつ、彼女が監視の脇を通りすぎようとしたとき、堪えられなくなった手が彼女のお尻に……。
「きゃっ!」
驚いたマリアは胴衣の後ろを押える。と、同時に瓶が落ち、がしゃんと音を立ててその場に水をぶちまける。
「貴様! 教団の財産になんてことをしてくれる!」
結果に驚いた監視は裏返った声で喚き、マリアに鞭を振りかぶる。
「え、だって、私、いきなり……」
お尻を触られて驚いて……。
そう言おうとしたが、振るわれた鞭の音に竦んでしまう。
「なんだ、何があった?」
物音に集まる監視達。その原因がマリアであると知り、ごくりと唾を飲む。
これをきっかけに、この女を……。
下心を抱く監視達はいかに自分の手で罰を与えようかと算段している。