いつも来るあの人-1
いつも来るあの人。
そのお客さんは、だいたい月1・2回、この店(男性を健康にするお店)で私を指名してくれている。
身長は170cmぐらいで、しまった身体(昔からサッカーをやってて、いまでも週1・2回はフットサルをしてるって言ってた)。私より4つ上だから、今年で30才になるのに、スーツをブレザーかつめいりに変えたら、高校生でも通りそうな少したれ目の幼さが残った顔。そして、何より話が面白いうえに聞き上手。すべてがわたしのタイプだった。
でも、この店ではお客さんとの連絡先の交換は禁止だし、「すべてのお客様に均等なサービス」を心がけるように指示を受けている。生真面目な私はそれを守っているおかげか、リピーターも多かったりする。
この店に入ったのは1年前。大学を出て1年半ほど勤めた会社では、上司に無理ヤリ仕事を押しつけられて終電まで残業したり、3日連続で会社に泊まり込んだりしたこともあった。「このままでは心身ともにもたない」そう判断したわたしは、1年前会社を辞めた。しかし、資格も何もないわたしには再就職は難しく、貯金もろくになかった。仕事を辞めた直後、熱狂的なトラファンのわたしがなにげなく読んでいたスポーツ紙に「寮完備、月給30万以上保証!」の文字が飛び込んできた。詳しく読むと、いわゆる風俗の求人だった。もともと、Hなことは嫌いじゃないし、なおかつ時間の割にたくさん稼げるのが決め手となり、次の仕事までの場つなぎとしてこの店で働くことを決め、今に至っている。
また、いつものあの人が来た。でも、今日はどこか違う。いつもは60分コースなのに、今日は120分だし、何よりそわそわしている。
「いずみさん。いや、村下美沙さん、少し話を聞いていただけますか」
ドキッとした。いきなり本名で呼ばれるなんて。
そのあとは脳が働かないまま、うわの空で話を聞いていた。その人の名前が「ササキタダオ」だということ。会計士の仕事をしているということ。前にわたしが勤めていた会社に出入りしていて、わたしのことが気になっていたということ。この店でわたしが働いているのを知ったのは偶然だったということ。30才になるのを期に独立したということ。
そして、最後にわたしにそのたれ目を鋭く向けて、ササキさんは言った。
「このお店をやめて、僕の会計事務所で働きませんか。」
さらに続ける。
「そして、僕と結婚を前提におつきあいしてくれませんか」
と。
10分前を告げるブザーが鳴る。彼は、名刺をすっと取り出し、去っていった。
名刺を受け取ったそのすぐ後には、名刺に書かれた11桁をケータイにうっていた。