ありふれた出会い-1
「はじめまして。4年の栗原祐輔です。よろしくね。」
そういうと目の前の男性は侑子たち新入生にニコッと微笑んだ。
明るい色の髪が柔らかい風に揺れ、春の暖かい日差しにキラキラと淡く光る。人なつっこい笑顔に明るい口調、男女問わず好かれるいわゆる好青年な雰囲気が漂う。
『栗原さんか…なんか犬っぽい人だなぁ。』
侑子は祐輔を見つめながら、そんなことを考えていた。
大学の入学式の後、サークル見学で訪れた文学部の部室。ありきたりな自己紹介。それが侑子と祐輔の最初の出会いだった。
侑子はいたって真面目なよくいる普通の女の子だった。特別可愛いわけでもないし、すごく頭がいいわけでもない。普通に学校に通い、普通に恋をして、2才年上の純平と付き合っていた。
高校から付き合っていた純平とは大学に進学したことで、なかなか会えなくなるのが最近の悩み。でも特別すごく不安ってわけでもない。平凡でありふれた幸せな日々…。
それが大学で栗原と出会ったことでまったく変わってしまうなんて、その時、まだ侑子は気付いていなかった。
入学から数週間後、侑子は文学部の部室にいた。あの見学のあとすぐに、高校と同じ文学部に入ることにしたのだ。
侑子は入ってから気付いたことがあった。女子が多かった高校に比べ、男性が多いこと。そして普段はほとんど文学部としての活動をしていないということだ。
部室にはお酒やらゲーム、マンガ、本などで溢れていた。
『部室っていうより、遊び場みたい。』
侑子は心の中で苦笑する。だが、くれば誰かしら居て、和気あいあいとした空気が流れる部室。侑子はそんな部室を気に入っていたし、侑子自身も入り浸るようになっていた。
侑子は部室の一角にある本棚から、マンガを手にとりパラパラとめくる。珍しく人のいない部室で静かに読書を始めたが、すぐに部室の扉がガチャっと音を立てた。
「おはよ〜。」
「おはようございます。栗原先輩。」
侑子が笑顔で挨拶をすると、入ってきた祐輔も笑顔を返す。
「あれ、大野たちいないの?」
「今日は授業ないみたいですね」
「なんだよ〜。俺も授業ないのに」
「え〜、じゃあなんできたんですか?」
侑子が笑って返すと、祐輔はいたずらっぽく笑う。
「暇だから」
祐輔が椅子に座ると二人でたわいのない話をする。そのうち他の先輩や同級生も来て、気付けば男女仲良くトランプやゲームが始まる。男友達の少ない侑子にとって部室での部員とのやりとりは新鮮だった。
「小林さんもトランプやろうよ」
「これから授業なんで、帰ってきたらまぜてください。あ、でも松山先輩、手加減してくださいね。」
部室から授業に行き、授業が終わるとまた部室に帰る。そしていつも夕方や夜まで部室で過ごす。それが侑子の大学生活だった。
大学生活に慣れてくると侑子には大きな悩みがあった。近くにいるときは気付かなかったが、母親の期待が重たかったのだ。今までなんとなくそこそこいい高校でそれなりの成績をとっていた侑子。特別勉強が出来るわけではないが、その事実が母親の期待を膨らませていた。どんどんあがるハードルに侑子は息苦しさを感じるようになっていた。
「一年のうちに出来るだけ単位とって、どんどん資格とりなさい。侑子なら出来るでしょ。」
そんな母親のできて当たり前のような言い方に自分でも分からないがモヤモヤした気持ちを感じていた。
「もう、イライラする」
「だから、話し合えばいいじゃん」
「いくら言っても、分かってくれないんだもん」
「侑子の力を信じてるからだよ」
「それが嫌なの。」
夜、まだ数人部員のいる部室を抜け出し、少し離れた中庭のベンチで侑子は彼氏の純平と電話していた。離れてから毎日の電話が日課となり、ここ最近はもっぱら母親の話題になることが多かった。