魔神探偵〜鼠編〜-1
──真神探偵事務所には依頼が来ない。なかなか来ない。来たとしても、誓司のいい加減な仕事内容により、報酬は50%カットなんてざらにある。もう家計が火の車……とその時、一つの仕事が舞い込んだ。依頼人は<宮原多恵>32歳。年齢よりも、遙かに若く見える上、とても礼儀正しい。 三日前、突然現れて依頼をし、茶封筒を置いてさっさと帰ってしまった。
「それではお待ちしております…」
帰り際のその一言が誓司の頭から離れなかった。別に変な言葉ではなかったが、引っかかるものがあったようで、久しぶりにやる気満々だったのだが……。
「暑い…」
「うるさいなぁ…さっきから同じ言葉しか言わないし、男でしょ?」
「暑いモノは暑いんだよ…」
フザケた事しか言わない兄に対し、「はぁ…」と溜め息を漏らす美姫。仕方がないとわかっていても、それでも『ダメ』な兄には溜め息が漏れっぱなしだ。
「むしろホントに場所はあってるの?」
山道を、力強く誓司の前を歩いていた美姫は振り返る。しかも、決して軽い荷物ではないはずのリュックをしょったまま、だ。
「あってるあってる……もうすぐだ……子泉村は…」
もう二時間近く歩いた誓司としても、早く着いてほしかったのだろう。実際、自分自身の限界すら垣間見た誓司は思う。
(年……かな?21歳の若年寄り……か)
駅からの道のりは果てしなく長いと思われたが、程なくして、多恵が道の山道の右側の木の影で立っているのを目で確認出来る様になる。ちょっとしたカーブのすぐ先だったため、気付いた時にはかなり近付いていた。
「あ」
「多恵さん……みたいだね。こっちに手を振ってるし。ほら、走るよお兄ちゃん!」
「おいちょっ……」
グイっと手を引いて小走りし始める。それに付いていく(付いて行かされてる)兄の方はといえば、顔に疲労感と怠惰感が滲み出ていた。
「お待たせしました」
「いいえ、問題ありませんよ?とりあえず、お兄さんの方はお疲れのご様子なので、私共の家に案内しますから付いてきてください」
ひらりと二人に背を向けて歩くその姿は、上品な香りがした。それほどまでに美しかった。
「何見とれてるか。行くわよ」
耳をつままれ、渋々ながらも多恵の後に続く。多恵の居た場所からはそう歩かず、村はもう目の前だった。
多恵の家は大きく、広く、高そうな壷や皿がたくさん並べられていた。圧巻されながらも、先に風呂を勧められる。二人は交互に入ることになり、その大きさに驚かされた誓司だった。
「いや……ありえなかった」
「本当!嬉しいなぁ〜大きいおっ風呂〜」
嬉しそうに風呂場に向かう美姫だが、誓司の方は、今回の仕事について少し悩んでいる所でもある。問題があるのは「自分で大丈夫だろうか」とゆう部分であり、依頼そのものに問題はないのが難点だが……。
「あら誓司さん。どうなされました?」
知らずのうちに、誓司は眉間にシワを寄せていた。多恵は、それに疑問を覚えたのだろう。
「え、ああ…いや、依頼について考えてただけですよ」
「あら……」
「まぁなんとかなりますよ。安心して下さい」
不安げな顔を見せた多恵に、これ以上の心配をかけないよう、必死に取り繕う。怪訝そうな顔をしながらも、多恵は台所へと向かう。