ラインハット編 その一 オラクルベリーの日々-8
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洞窟を出た二人はその足でアルパカに向かった。そのままオラクルベリーに帰ることも考えたが、蓄積された疲労と消耗した水や食料の補給も兼ね、寄り道をする。
一日の野宿を経て昼下がり、二人はアルパカの宿屋にチェックインできた。
二人とも旅の疲れを癒そうと早めにシャワーを浴びると、早めに夕食を取り部屋に戻った。
問題なのは部屋。それほど旅銀に余裕の無いリョカ達が一人部屋を二つ取ることなどはできず、必然的に一緒の部屋になってしまう。
すると思い出されるのはあの日の夜のこと。
マリアが自分の布団に潜り込み、しがみついてきたこと。
マリアはヘンリーのことを……。ヘンリーはマリアのことを……。
その二つに縛られ悩むリョカ。
そして、こういうとき男がどう応えるのかわからず、拍車をかける。
本当は彼女を抱きしめたい。その後どうするのかはわからないが、とにかく触れ合いたい。そんな気持ちで一杯だった……。
――僕はどうすれば……、父さん、母さん……。
父と母のロケットを見つめるリョカ。父の遺言を守るのであれば彼女と共にオラクルベリーで暮らすことは適わず、かといって母との再会も果たせない。
いや、すでに答は出ている。サンタローズに母の手がかりは無い。そして、他に手がかりのありそうな場所も知らない、思いつかない。もう母に会うことはできそうにない。
父との約束を反故にするのは後ろめたさがあるが、彼もまた今日まで常人の数倍の苦労をしてきた。奇跡的な脱出を果たせただけで、もしかしたら今もあの地獄に居るか、不要なモノとされて海に捨てられていたかもしれない。
今、こうして小さな幸せを手に入れたとして、それにすがりついたところで、誰が彼を責めることができるのか? リョカがロケットを閉じるのは時間の問題だった……。
……が、
「リョカ!」
懐かしい声がした。
振り返ると開いたドアの向こうに黒色の鎧とフルフェイスの兜の兵士が立っていた。
緑のマントと鎧の左肩の三本線。記憶が確かなら、それはラインハットの紋章。そしてリョカを知るのであれば、それは一人しかいない。
「その声は……もしかして……」
兵士はリョカが立ち上がるのを見て駆け出す。そして兜を脱ぎ、肩にかかる程度に伸びた髪をふわっとなびかせる。
燃える青い瞳と精悍な顔つき、左の額から目の間を通り、右の頬に走る痛ましい傷こそ知らないが、それは一年前に生き別れたはずの友だった。
「ヘンリー! 無事だったのかい!?」
リョカは駆け寄り、抱きつく。ヘンリーは握手程度だと思っていたらしく、「おいおい」と彼の肩を押す。
「ヘンリー、ヘンリー……」
自分がいつの間にか泣き声交じりになることにリョカは恥じることもない。彼にとって、ヘンリーが生きていてくれたその事実は、歓喜の涙を流すに十分な事実であった。
たとえ、再び恋と別れようとも、平穏が遠ざかろうと……。
続く