ラインハット編 その一 オラクルベリーの日々-7
「僕は……、僕の母さんを……」
幼き日、乳飲み子のリョカの脳裏にだけある存在。それがマーサ、母だった。
それが鮮明な、絵ではあるが、温かみのある存在に塗り替えられる。
ようやく目を瞑ることができた時、リョカはそれを胸に抱き、暫く声を出さずに泣いた。
「リョカさん!」
すると奥のほうで声がした。
「なに? まさか魔物?」
涙を拭い、急いで奥へ駆け出すリョカ。だが、そこではマリアが一振りの剣を前に呆気に取られているだけだった。
「これは?」
「わかりません。この部屋のそこの棚にあったのですが、不思議なんです……」
緑を基調とし、金のラインが引かれた鞘。そこに収まる一振りの剣。かつて見たパパスの剣と同じくらい大振りなそれは、一目で業物だとわかる。
集光魔法に照らされ、湯気のようにゆらめく青白い霧が見え、そして暗くさせていた。
凍りつくような波動を微弱ながらだしており、それが魔法に干渉しているのかもしれない。
「これは、一体? 母さんに関係があるの?」
リョカは剣に触れた。そして眉を顰める。その剣は持ち上げようにも重く、渾身の力をこめてわずかに傾くだけであった。
「これ、呪いの剣?」
慌てて手を離すリョカ。手放せなくなる常備性の呪いではないらしくほっとするが、一方でうかつさに頭を掻く。
「危険なものですわ。きっと……」
おそらくマリアも持ったのだろうか、怯えるようにして後ずさる。
ただ、もし本当に呪われているのであれば、このロケットをそうしたように施錠つきの何かに隠すだろう。そうでなく、無造作にしまわれていたのであれば、これは「安全ないわくつきな剣」程度なのだろう。
「父さんはなんでこんなもの?」
鞘に触れるとかちゃりと音を立てて転がる。
「え?」
慌てて手を伸ばすと、それは難なく拾える。ただ、柄を持とうとするともっているにも関わらず重く感じてしまう、非常に矛盾した状態になる。
「呪いってわけじゃないみたいだけど……」
鞘で持つ分には可能というおかしな剣。魔力というか不思議な霊力を帯びたそれは、邪な雰囲気はない。けれど、人間が扱うには矛盾を含みかねないという代物だった。
「とりあえず持っていこう。ねえ、他には何かなかった?」
「え? ええ……、他には……なにもありませんわ」
マリアは後ろ手を組みながらそう答えた。
「ねえリョカさん、もう出ませんか? きっとここにはその剣を隠していただけなんですわ。かなりの業物なのでしょうし……」
「ん……そうかな……そうかもしれないな……」
一通り見回したところで他には何も見当たらない。せいぜいドルトン親方が残していった鋳物の整備器具ぐらいだった。
「父さんはここに思い出を残していたのかな……」
リョカはロケットを抱くと、亡き父の無念とその想いに胸が痛んだ……。