ラインハット編 その一 オラクルベリーの日々-6
「アンかな……? それともアニスさん?」
サンチョが渡してくれたのだろうか? だとすればほっとする出来事だ。誰かに見せるためでも誰かに贈るためでもない絵だが、ここで野ざらしのまま朽ち果てるのは可哀想なことだから。
「リョカさん?」
「ああ、マリア。ここは危ないからもう出よう」
リョカは彼を訝しむマリアを急かし、過去の残っていた地下室を出て、その後崩落の危険があることから入り口を中級真空魔法で破壊した。
村の北にある洞窟をはかつてと同じ姿でいてくれた。
黄鉄鉱の取れる洞窟は頑丈であり、まだ採掘の可能性があることから破壊には至らなかったのであろう。
集光魔法で周囲を照らすリョカ。マリアはその背後で松明を持ちながらついていく。
弱いながらも魔物が出ることもあり、マリアを連れて行くことに躊躇したが、夜盗がでかねない殺風景な村にそれもできず、一緒に潜ったのだった。
「父さんはどうしてこんなところに隠したんだろう……」
「見つかってはいけないものだったのでしょうか?」
「さあ、父さんも不思議な人だったけど、そういう危険なものとかを集める人でもないし……」
正直な話、リョカはパパスが何者なのかわからないままだった。
一国に招かれるほどの人物であることはわかるが、それが戦士としてなのか、それとも要人としてなのか、リョカは最後まで知ることができなかった。
――そういえばヘンリーは何か知ってたのかな?
ヘンリーに父のことを聞くことは憚られた。
父が策謀に巻き込まれたのは悲しい事実。しかし、それが幼いヘンリーの責任にはならない。かといって、彼はそのことを歯噛みし、リョカに対し負い目のように背負っていたのも事実。自然とリョカはヘンリーに父の話をすることができなかった。
「あ、あそこ……ドアが……」
洞窟の向こうの先、不自然なドアがあり、レンガ固めの壁が見えた。
近くによると看板があり、「ドルトンの古いほうのお家」とあった。
「相変わらずだな、親方は……」
妖精の国で見た庵の前の看板を思い出し、くすっと笑うリョカ。開錠魔法の印を組もうとしたが、抵抗なく開いた。
中は暫く使われていなかったらしく、饐えたにおいが充満していた。
「何かあるのかな……」
リョカは手近にあった机を調べることにした。
「私もお手伝いしますね……」
マリアはそういうと部屋の奥のほうへと松明を片手に歩いていく。
奥はマリアに任せるとして、リョカはひとまず机の引き出しを開ける。
一段目にはメモ程度の走り書きがいくつかあり、地名にバツが書かれていた。
二段目には小さなメダルがいくつかあり、その他ガラクタがある程度だった。
三段目を開けようとしたとき、鍵が掛かっており、開かなかった。
――もしかして……。
リョカは開錠魔法の印を組み、「アガム」と唱える。がちゃりと音がして、手ごたえが無くなる。リョカはおそるおそる引き出しを開いた。
そこにはロケットが一つあった。
「え?」
他に何かないか引き出しを取り出し、上下左右全てみる。しかし、やはりそれしかない。
ならばそれこそが秘密なのかと手に取るが、特に魔力の類も感じられない、本当にただの、質の良い乳白色のロケットに過ぎなかった。
そしてそれを開くと、一枚の絵があった。
そこには在りし日の父と、黒髪の、優しそうな、優雅な女性がいた。
「この人は……?」
不思議と胸が熱くなる。記憶の奥底、沈殿した泥の中、そっと探るようにして探すと、意外にも明確に現れる。
「母さん? この人が僕の母さん……マーサなの?」
リョカは目を見開く。埃の舞う狭い部屋、目は二重の意味で涙を溢れさす。