ラインハット編 その一 オラクルベリーの日々-5
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あくる朝、リョカが目覚めると、焼きたてのパンの良い香りがした。
いつもならマリアも働きに出ている時間なのだが、彼女の姿があり、テーブルの上には包みが見えた。
「あれ? マリア……」
「ああ、リョカさん、おはようございます」
「うん、おはよ……」
いつものワンピース姿ではなく、カジュアルなパンツルックと外套を纏った彼女に、リョカは面食らう。
「どうしたの? その恰好……」
「ええ、私もリョカさんと一緒にサンタローズの村に行こうかと思いまして……」
「だって、パン屋は?」
「はい、暫くお暇をいただきまして……」
「そう……、でも危険だよ?」
「平気です。リョカさんが守ってくれますから」
「そりゃあそうだけど……」
「だって、私一人守るのとキャラバン隊守るのならどっちが大変ですか?」
「まあ、そうかもしれないけど、でも大変だよ? そんなに長旅にはならないけど、でも……」
「私と貴方の仲で大変なんて、そうそうあるのかしら?」
マリアは意味深な笑顔を浮かべる。大変などという言葉、一年前に嫌というほど味わってきた二人が、どうしてサンタローズへの旅路ごときで根を上げるものかと……。
「わかったよ。それじゃあ一緒に行こう」
「ええ、どこへでも……」
マリアはようやく嬉しそうな顔をすると、お弁当を作る続きを始めた……。
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サンタローズへの旅路は男の足で二日と半日。女の足なら三日というところだろう。
旅路は特に滞りも無く、二人とだけということで特に魔物の目に留まることも少なく、予定していた三日よりも早く着いた。マリアがリョカの歩調に合わせたおかげかもしれない。彼女も無理についてきただけあり、文句の一言も言わず、気を遣うリョカを逆に急かしもした。
ようやくたどり着いたサンタローズの村は残骸だらけの変わり果てた姿だった。
村の入り口にあるフェンスは倒れ、酒場は壁を残して崩壊。畑は荒れ果て、馬の足跡だろうか、ぼこぼこと穴が空いている。
それでも教会と、その近くの庵だけは残っていたところをみるに、壊滅というわけではなかった。
「酷いですね……」
「うん……」
マリアの言葉に、リョカは頷く。
かつて父と共に訪れ、淡い初恋や不思議なおとぎの国の冒険をした日々、おかしなトカゲと、それに不思議な年上の女性のこと……。リョカはもう全てが夢の中の出来事だったのではないかと思い始めていた。
「リョカさんの家は……」
「えと、あっちの……」
かつての借家の跡地を目指すリョカ。逸る気持ちが早足になる。
そして、倒壊した家屋を見つけた。
「やっぱり駄目か……」
瓦礫も手付かずのままの借家にリョカはため息をつく。父の書斎が二階にあったことと、そのご雨晒しになったことを考えれば、書物の類が駄目になっていることも容易に想像できる。
ただ、少し気になったのは、地下室。リョカは印を組むと精霊を集め、瓦礫に手を翳す。
「バギマ!」
荒ぶる風の刃は瓦礫をばらばらっと吹き飛ばし、そして階段を晒す。
「階段? 地下に何かあるんですか?」
「んーん、ただ、僕の思い出がちょっとね……」
地下室には自分の描いた絵と絵画セットがあるはず。リョカはノスタルジックな気持ちに浸りながら、階段を降りる。
「レミーラ……」
光の精霊を集め、慎重に降りると、そこには古びた絵の具セットと愛用していた筆があった。
「良かった。ここにあったんだ……」
リョカはそれを拾うと、唯一変わっていない過去にふと目頭が熱くなる。
「あれ……」
そして気付く。これまでに描いたはずの絵がなくなっていることに.……。