ラインハット編 その一 オラクルベリーの日々-4
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夜、リョカはいつものように台所に布団を敷いていた。マリアはまだおきているらしく、居間から明かりが見えた。
リョカはその明かりに背中を向け、今後のことを考えていた。
マリアと共にこの町で暮らすこと。
それはとても魅力的な話だ。彼女は優しく、気の利く賢い女性。これまで会ってきた女性の誰とも違う、魅力的な人。
だけれど、彼女はきっと友のことを想い、友もまた、彼女を想っていたはずだ。
だから踏み出せない。
そして、もう一つが父との約束。
母を捜してほしいという遺言を、リョカが忘れられるはずもなく、またどうしてよいのかもわからなかった。
せめて手がかりがあればと思うも、全ては故人のそれ。父とともに旅した箇所を行くにしても、マリアを置いて行くことはできず、記憶も曖昧……。
――そういえばサンタローズの村の……。
サンタローズの北にある洞窟はどうなったであろうか? ドルトン親方の昔の作業場で、かつて父が調べ物をしていたはず……。
――もしかして、あそこに何かあるのかな……。
ようやく思い出した手がかりにリョカの中である打算が浮かぶ。
――そこを調べても何も無かったら、もう諦めよう。僕は、僕にはそれができるほどの力なんてないんだ……。
何もかもが奪われたリョカに、希望になるかもわからない遺言は重すぎる。彼はそう考えると、目を閉じた……が、
「……もう寝ましたか……?」
隣の部屋で物音がした。返事を待たずに戸が開き、気配が濃くなる。
「う、うん……、何かな? 今日はもう眠いし、また明日にでも……」
リョカは上ずった声でそう答えると、布団を深く被る。
いつもなら、いつものマリアなら夜にトイレに行くときでも声を掛けることはしない。その「いつもと違う」ということが、リョカを変に意識させた。
「なんだか眠れなくて……」
「そ、そう……」
彼女はリョカの隣に座ると、そのまま横になる。
「マリア? こんなところで寝ると風邪ひくよ。ほら、ベッドに戻れば……」
「こんな温かい日に風邪ですか?」
「だ、だけど……」
「……リョカさん……」
彼女はリョカの言葉などおかまいなしに、布団に手を掛け、もぞもぞともぐりこむ。
「ど、どうしたの?」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないけど、でも……」
リョカは侵入する彼女に対し、自分から布団をはみ出ようとする。けれど彼女の手が背中に触れ、それもできなくなる。
「リョカさん……、私……」
「マリア……」
彼女の手が触れ、そしておでこだろうか、そっと触れる。
「寂しいんです……、すごく……」
「そう、一人にしてて、悪かったね。これからはもっと早く帰れるような……」
「そうじゃなくて、私も……、女だから……」
ごくりと音を立てて唾を飲む。身体が硬くなるのがわかる。緊張のしすぎだろう。そして、昔感じた、あの妙ないきりたつ感覚。下半身が意思とは関係なく強張り、何かを急かすように脈打つ。
それがどのような欲求なのか、実のところリョカは知らない。
本来学ぶべき時期を父との旅と奉仕の時に過ごした彼は、その欲求の行き着くさきを知らないのだ。たまに傭兵仲間に「やったのか」と聞かれても、「なにを?」と素で答えては笑われる日々だった。
「リョカさん……」
彼女の手がリョカの腕を取り、脇を抜き、胸元を抱く。その冷たい指先が触れたとき、リョカの中で何かが切れそうになった。
「あ、あのさ! 僕は、今度、ちょっと旅に出ようと思うんだ!」
が、咄嗟に口を出たのはまったく別のこと。
「た、旅?」
「うん。実は昔、父さんとにサンタローズに滞在しててさ、それで、一度行ってみたいなって思って……」
「お父さん? リョカさんの、亡くなった……」
「うん。急で悪いけど、その……、父さんの遺言のことでちょっとね。もし何も見つからなかったら、もう忘れるつもりでさ、いいかな?」
「え、ええ……わかりました……」
「はは、はは……」
「……ふっ、ふふ……うふふ……」
リョカの笑いにマリアもくすりと笑う。そして、ため息のあと、マリアは寝室に戻った……。