ラインハット編 その一 オラクルベリーの日々-3
「ねえリョカさん、キャラバン隊の護衛は危険ですし、もういくらかお金も貯まってきましたから、もっと安全な……」
台所で売れ残ったパンを焼きなおしながらマリアは言う。
「大丈夫だよ。マリアは心配性だな」
リョカは笑って返すが、マリアは怒りとは別に困った顔で彼にミルクを勧める。
「でも、最近は魔物の動きも活発になったて聞きますし……」
それはリョカも体感していることだった。普段なら少し威嚇するだけで逃げていく魔物達も、この頃は死に物狂いで襲ってくることがある。
噂によると東国の戦で住みかを追われた魔物が西に流れ、そこで魔物同士での縄張り争いが起こっているらしい。彼らも食い扶持を求めて必死なのかもしれない。
「こう見えても僕は強いから平気だよ」
「けど、人間いつどうなるかなんて……」
マリアの消沈にはリョカも思い当たる節がありすぎる。父のこともそうだが、共通の知り合いの欠落が重くのしかかる。口にはしなくても、それを意識することがあり、二人の距離が縮まらない原因でもあった。
「ね、だから……。リョカさんは治癒魔法も使えますし、教会のお手伝いとかいくらでも……」
「うん、考えておくよ……」
リョカはミルクを飲むついでに彼女から視線を逸らす。
最近、マリアはリョカにこの話ばかりをしていた。
オラクルベリーで働いてほしいと願う彼女の気持ちはわかる。リョカの不在の間、マリアがどれだけ心細いことか……。借家の一階に住む世話焼きのおばさんもリョカを捕まえては「あんなイイコを留守番させとくなんて罰当たりだね」と尻を叩かれることしばし。
リョカ自身、彼女と共にこの町で暮らすことを考えることはある。
貧しいながらも幸せな日々。父も母も、友も初恋の相手も失った今、リョカがその誘惑にいつまで抗えるかは、時間の問題だろう。
「…………」
「…………」
いつもならマリアがきりのよいところで台所に引っ込み、一時この話題は終わりになる。しかし、今日は違った。彼女の顔は見なくても想像できる。
眉を顰め、まっすぐな瞳で自分を見る。薄い唇をきゅっと噛み締めて。
それは怒りからくるものではなく、心配と寂しさからなのだろう。
ミルクをゆっくり飲むリョカだが、コップが空になってまでその逃げが通用することも無い。とんと静かにコップを置くリョカにマリアは無言で答えを待つ。
すると……、
「なんか焦げ臭くない?」
鼻に微かに伝わる匂い。それは甘さを越えた苦味を含むもので……。
「あ、いけない、パンが焦げちゃう!」
マリアははっとした様子で台所に掛けていく。リョカは台無しになったであろう昼食にほっとしてよいのかがっかりなのか、複雑だった……。