ラインハット編 その一 オラクルベリーの日々-2
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「いやあ、一時はどうなるかと思ったよ。さすがリョカだ。今後も頼りにしてるぞ!」
アルパカの酒場にて合流を果たしたリョカを待っていたのは商隊長のビール責めだった。
二人がたどり着く頃には積み降ろしも終っており、復路の荷積みを待つ頃だった。
「すみません、僕はまだ未成年なんでお酒は……」
「なに硬いこと言ってるんだよ。お前だってもう立派な戦士だ。ほら、俺のおごりだ。飲め飲め」
断りきれずにグラスを煽るリョカ。なれないアルコールの感覚に眩暈を起こす。
「なんだ、だらしないな。もっとしゃきっとしろ!」
そう言ってリョカの背中を叩く商隊長。
「……まったくいい気なもんだ。リョカがいなかったら今頃ねずみの餌だっての……」
同じく合流を果たせた隊員は置き去りにされかけたこともあり、隅でしょぼくれながら一人酒。とにもかくにも往路が無事終ったことで、皆ほっとした様子で宴に興じていた。
暫く歓談したあと、リョカは酔いを理由に酒場を出た。
アルパカには商隊の護衛を始めてから一ヶ月に一度のペースで訪れるようになった。
懐かしい町並は二年前とさほど変わっていない。ただ、リョカ個人にとっては大きく違った。
淡い恋心を告白した相手の不在。
奉仕者の生活から脱出し、再訪を果たしたとき、リョカはルードの宿屋を目指した。しかし、看板にその名は無く、受付も見知らぬ若い男性だった。
受付に訪ねたところ、二年前にオーナーのダンカンの容態が悪化したらしく、静養のために宿を手放したとのこと。今は風の穏やかなサラボナ地方へ移り住んだと聞かされた。
断絶させられた時間と取り戻せない時間。リョカにとって彼女の不在は新たな喪失感となる。
それに追い討ちを掛けたのがサンタローズ村の焼き討ちと、その経緯。
ラインハット国王、チップ・ラインハルトを暗殺したのは、流れ者の傭兵、パパス・ハイヴァニア。新国王となったデール・ラインハルトは、パパス討伐を命じ、彼を匿っているとされるサンタローズを侵攻した。
それを期にラインハット国は近隣諸国への武力侵攻を行い、東国は現在戦乱の世となっている。
それは西に位置するアルパカにも伝播しており、町の立て札には「兵士募集」の触れ込みがある。
リョカに仕事を斡旋している組合は、彼の腕前からラインハットでの仕官を勧めることもあるが、彼は断った。
理由は父がラインハット国王を殺したという「事実」。パパスはヘンリーを誘拐し、今も逃亡中とされていた。
この二年でリョカを取り巻く全ては、彼に優しくない変化を遂げていた……。
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「マリア、今帰ったよ」
アルパカへの陸路から帰ったリョカは、オラクルベリーの片隅にある借家へと戻った。
共同井戸の周りでは洗濯物を洗っていたマリアが、彼の声に顔を上げ、一瞬驚いた後、ほっと胸を撫で下ろす。
「お帰りなさい。無事でよかったわ」
マリアはリョカに駆け寄ると、それが幻でないと確かめるように彼の頬に手をあてる。
「くすぐったいよ」
リョカが笑いながら言うと、マリアはむっとしたあと、頬を軽く抓った。
修道院で目を覚ましたリョカとマリア。二人は暫くの間、そこで寝起きをした。
ただ、修道院も貧しく、東国で続く戦の難民の受け入れもあり、いつまでも施しを受けるわけにはいかない。
リョカは腕が立つことからオラクルベリーのキャラバン隊の護衛を請け負い、マリアはパン屋の受付をしながら彼の帰りを待っていた。
二人は一緒に暮らそうと提案したわけではない。だが、お互いに頼れる存在もなく、共に地獄の日々を過ごした仲でもあり、自然とそうなった。
リョカは当たり前のようにマリアに「行って来ます」「ただいま」といい、マリアも「お帰りなさい」と迎えてくれた。
そんな暮らしがもう一年近く続いていた。