初夏のすれ違い / カラダ編-1
…―コンコン、ガチャ
「…お兄ちゃん、勉強教えて?」
亜紀子がドアを開くと、兄の貴哉はベッドの上で雑誌を読んでいた。
亜紀子は返事を待たずに部屋に入り、兄の椅子に勝手に座って教科書を広げる。
夕食の後にこうして勉強を教わるのは、始まってもうすぐ半年になる習慣だ。
「…今日は何?」
「すーがく。
高3になったらさっぱり分かんなくなったよぉ」
「お前が数学を苦手なのは、元からだろーがよ、あ〜こ」
つんっ、と兄が頭をこづく。
…そう、このくらいの戯れなら良いのだ。
これなら、ここまでなら、いかにも仲の良い兄妹のように見えるから。
家庭内教師をしたり、たまにじゃれ合うくらいの、フツーの兄妹に。
「…こっちはこの公式で、こっちがあの公式を使うんだ?
分かった、ありがとうお兄ちゃん。…じゃ」
パタパタとノートを畳み、席を立とうとする亜紀子。
しかし、椅子がびくともしない。
「…もう戻る気」
「だ、だってまだ英語の予習が…」
兄の足が、しっかりと椅子を固定していた。
そのまま腕を伸ばし、体重を机にも乗せてくるから、亜紀子の身体はすっぽり兄の腕の中。
「へぇ、エーゴのヨシューねぇ?」
「そう、明日当た、っ…!」
ふぅーと耳に息を吹きかけられ、言い訳が途切れる。
亜紀子はパニックになりかけていた。
…いや、言い訳じゃなくて事実なんだけど…
って、ヤバイよヤバイよっ、この体勢…!
「じゃあ、教えたお礼にちょっとだけな?
久しぶりなんだからいいだろ」
左半身は兄の左腕に、右は耳に兄の吐息が、そして上半身を兄の右腕が這いまわり始めるから、がっちり固められて、亜紀子は動けない。
久しぶりなのは…自分でも分かっていた。
避けていたつもりは無かったけれど、このところ、10日間ほど兄とはシていない。
"兄とは"というところに、余計に罪悪感を覚えるのだが。
「…っつ!」
ブラごと乳首をつままれて、亜紀子は飛びあがった。
「あっれ、おかしいな。
悪ぃ、久しぶりすぎて加減を間違えたみたいだ」
謝られて、亜紀子はこく、と頷いたが、亜紀子の方も違和感を覚えていた。
こんな風に触られて痛かったことなど、今まで無かったからだ。