『名探偵N 〜専門職種〜』-1
【警察? ああ、商売敵だよ――名もなき名探偵】
「…名探偵」
「何かね」
「何故、パスタなのですか?」
「何故、とは?」
麺を口に運ぶ手を止めないまま、名探偵は聞き返す。大阪でも有数のイタリア料理店《トリコロール》の名物【カニクリームパスタ(大盛)】は、瞬く間に名探偵の腹へと収まった。
「あ、そこのお姉さん。これ一皿追加で」
「まだ…食べるんですか?」
財布の中身を見て脂汗を流す胡麻塩頭の中年男。彼こそ今回の依頼人である。
「立ち話も何やし、お昼でもどうですか? 勿論私持ちで」
などと言ってしまった小一時間前を激しく後悔しているに違いない。
かつて地元の名店十店分のラーメンを食べ尽くした名探偵の胃袋は宇宙――もとい、普段の貧乏の憂さ晴らしとばかりにパスタを吸い込み続ける。
「いやぁ、やはり他人の金での食事は格別だね」
「わざわざ大阪まで来たんですから、大阪名物にしましょうよ。たこ焼きとかお好み焼きとか」
「小麦粉の塊じゃないか」
「パスタも小麦粉ですが」
「価値観の相違だね」
値段の問題でしょう、とツッコミたい助手であったが、依頼人をこれ以上蔑ろにする訳にはいかないと思い直して話を戻す。
「それで、ご依頼の件ですが」
途端、依頼人の顔が明るくなる。何とも分りやすい性格である。
「はい、それなのですが……ウチの家内は書が趣味でして、さる高名な書家の先生に弟子入りしておるのです。それが、この度何ぞ粗相をしたらしく、機嫌を損ねて破門の騒ぎとなりまして……」
「で、我々にそのセンセイのご機嫌取りでもやらせようと?」
「いえ、決してそういう訳ではないのです。先生が仰るには『僕の書が理解できないよう
なヤツに指導してやる筋合いは無い』との事で一枚の書を渡されたそうです。その真意を
判読していただきたいのですが……」
「あい分かった」
最後の一口をすすり終えると、名探偵は徐にナプキンで口元を拭き、こう言った。
「専門外だ、他を当たってくれ」