奴隷編 奉仕者-7
「おいおい、部屋が臭くなるからやめろよ」
それを薄笑いの監視の咎められ、監視はしぶしぶ逸物をしまう。
「へっへ、まあ、そうだな。ここは奉仕者の部屋じゃねんだったな。まあいい、お前はせいぜいいたぶってやるよっと!」
監視の男は鞭を手放し、握ったこぶしを思い切りヘンリーの腹に埋める。
「ぐふっ!」
血反吐を吐くヘンリー。監視はその様子に興奮したらしく、さらにもう一撃。
衝撃に胃がせりあがり、戻し始めるヘンリー。
「うわっ汚ねえ! てめえ吐いてんじゃねーよ!」
思わぬ反撃にあった監視はヘンリーの頬を叩く。息を荒げるヘンリーはその監視を一瞬睨み返すが、また視線を落す。
「このやろう!」
その視線に気付いた監視はさらにいきり立ち、ヘンリーに暴力を振るった。
その皮膚がやや硬いことになど、当然気付かずに……。
**――**
「我が鎧は堅牢なり、大地の精霊よ、彼に加護を……、スカラ……」
印を組むリョカ。すぐさま光の精霊を集め、回復魔法を詠唱する。
今の彼にできることといえば、ヘンリーに浴びせられるダメージを少しでも和らげることぐらい。リョカは魔力が続く限り、監視達の暴力が終るまで、ヘンリーへの回復魔法を唱え続けていた。
そして、その残酷さを噛み締めていた……。
**――**
ヘンリーが戻ってきたのは次の日の夜だった。
彼は人相が変わるほどに顔を殴られており、また身体中に痣と擦り傷が見えた。
「ヘンリーさん!」
彼の惨状に涙を流して走りよるマリア。彼女は桶に汲んでいた水と比較的綺麗な胴衣の一部を破り、浸し、彼の傷口を拭った。
「いちち……」
「あ、すみません……」
「なに、気にしなくていいさ。これぐらい……、比べれば平気だ」
遠い目で虚空を見るヘンリー。リョカに節目勝ちの視線を送り、ふとため息を漏らす。
「ですが、ですが……」
「はは、俺らのアイドル、マリアの直々の看病を受けられるなんて、俺は幸せだな……」
そう言いながら血反吐を吐くヘンリー。
「へ、ヘンリー?」
内臓にダメージを受けているであろうヘンリーに、慌ててホイミの印を組むリョカ。苦しみに眉間をしかめるヘンリーは、リョカの手が翳されることでやや安らぐ。
「ふむ。すまないなリョカ。お前には世話になりっぱなしだ……」
「そんなことないよ。僕は、自分が、自分のしていることが、本当に気休めでしかない、それも自己満足だって……」
傷を癒したところで、新たな傷で上書きされるだけ。罰を受けた奉仕者が自ら命を絶つまでの間、心の恐怖に取り付かれていたことに気付けない己の浅はかさを恥じるリョカ。
それでもヘンリーを見捨てることができず、わずかな魔力で精霊を使役する。
「ふん、俺は自分から頼んだのだ。お前が落ち込むのはおかど違いだ。それに……」
再び長いため息をつき、
「俺はここで終わるつもりはない。必ずここから出る。抜け出して、そして、奪われたものを取り返す。俺は、そう、王者の宿命の下にいるのだから……」
胸の前でこぶしを握るヘンリー。その姿にリョカは温かいものを感じた。
ここに来て暫くして失ったもの。日々の暮らしの中、リョカに無く、彼にあるもの。
それは希望だろう。
ヘンリーはこの地獄に落ちて未だ、二年たった今もそれを失っていない。