奴隷編 奉仕者-13
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人工の滝は急傾斜であったが、直下という角度ではなかった。
そのせいか、リョカ達の乗ったタルは緩衝用の外のタルの破損だけで済み、気がつくまでの数十分、波に漂っていた。
「……ん……」
タルの隙間から滲みこむ潮の香りに目が覚める。リョカはフタを開けようとして手を止める。まずは姿勢を制御する必要がある。
リョカは狭いタルの中でフタが上になるようにゆっくり身体を動かし、膝でタルの脇に踏ん張り、フタを押し上げる。
パコンと音がして外の空気が入ってくる。
リョカの目の前には満点の星空が見えた。それを遮るのは神殿のそびえる総本山。脱出したという感慨が浮かんでくる。
「僕は……僕は……」
二年の月日の中、在りし日の父を思い涙に濡れながら閨で目覚める毎日、生きて神殿の外へ出られるなどと思わなかった。
その興奮、感動を言葉にしたくても、リョカの胸に訪れる苦しさが、それをさせず、ついには涙で空まで曇る。
「いけない……。ヘンリー、マリアは……」
リョカは涙を拭い、タルを繋ぐ鎖を見る。もし落下の衝撃でちぎれていたら? そんな不安は、のんきに浮かぶタルの姿に払拭される。
「ヘンリー! ヘンリー!」
リョカは海原に飛び込みかねない勢いで鎖を引き、そしてタルのフタを開ける。
中にはマリアがいた。おそらく気を失っているのだろう。顔を曇らせながら、すーすーと寝息を立てていた。
「マリアさん。よかった……」
リョカは軽く回復魔法を唱えた後、フタをしっかり閉める。そしてもう一つのタルを引き寄せる。しかし、それはやけに軽い。
「ヘンリー?」
リョカは恐る恐るそれを開けるが、中には調理場から盗んだであろう干し肉と竹筒の水筒があるだけだった。
「嘘だろ? そんな……」
リョカはさらに鎖を引っ張る。しかし、その先には何もつながれておらず、鋭利な刃物で切られた鎖が見えただけだった。
「まさか脱出できなかったの?」
脱出の前に捕まったのだろうか? そんな不安が訪れるが、監視達が来た様子は無かった。ならばどうして鎖が切れているのだろうか?
「ヘンリー……」
波間にたゆたうリョカを乗せたタル。ふと視界の先に光が反射する。
「光? 船か?」
リョカは慌てて振り向き、光源のほうを見る。連絡船らしきものが神殿の麓の簡易港に停泊しているのが見えた。
リョカはタルの中からオールを取り出し、こぎ始めた。
ヘンリーならきっと、もし、リョカが遭難したとしてそうするだろう。
リョカは今できること、マリアを救うためにも、甘さを捨てるべきと波をかき分けた……。
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停泊中の船に忍びこむリョカ。積み下ろしを終えた船員達はしばしの休憩に酒盛りを始めており、何人かはそのまま眠りこけていた。
リョカは船倉へと降り、隠れられそうな場所を探す。すると、鍵付の倉庫があり、中には見たことのない不思議な香りのする草がたくさん置かれていた。
おそらくこれを大陸に持ち帰るのだろうと考えたリョカは、ここに隠れることにする。
都合よく鍵も掛けられることでまさにうってつけだった。
リョカは船員達の目を盗み、マリアを連れて倉庫に隠れ、出航の時を待った……。