猫じゃらし-3
「黒瀬、まだいたの?帰ってもいいっつったのに」
「ああ、ちょっと休憩してまして、すぐ帰ります」
「明日も早く来なよ。お疲れ」
「お疲れ様です」
先輩の背中を見送り、翔の所へ詰め寄る。
「・・・ウニャー」
翔は、めんどくさそうに、閉じていた目を少しだけ開けた。
あれだけ遊んでもらっといて先輩が帰ったらすぐ寝るとは、なんと贅沢な猫だ。
「おい、ずるいぞ、いつもいつも唯先輩の笑顔を独り占めしやがって」
問い詰める様に眉間をつついたら、翔はその指先に鼻を向けてくんくんと鳴らした。
「聞いてるのか、翔。まったくお前は可愛がられてるな、社長から直々に名前を譲り受けるし」
「・・・ニャ」
だが翔はそんなの知らない、とでも言いたげに欠伸をする。
思い切り開けた口を閉じて、数回咀嚼しながら舌なめずりをしていた。
呑気というか、マイペースな奴だ。お前が羨ましいよ。
・・・先輩の笑顔を見ることが出来るんだから、さ。
俺もいっそ猫になっちまえば可愛がってもらえるのか?
「なあ、お前はどう思う。明日から俺が猫になってここで待ってたら、先輩はどう接するかな」
真剣に聞いたんだが、翔は顔を背けて目を閉じた。
そんなもん知るか、と言いたいのか、或いはもういいから寝かせろ、と言いたいのだろうか。
「・・・お前が喋れるわけねえよな」
猫を相手に相談している自分に気付き、思わず苦笑いする。
そろそろ帰るか・・・もう暗くなってくるだろうし。
「ウニャ、ウニャニャ」
「えっ?」
翔の鳴き声がまるでちゃんとした言葉みたいに聞こえて、思わず振り返った。
だがそこにはアフロのかつらそっくりな丸い黒猫が寝てるだけで、他は何もない。
この思いを打破する明確な答えでも、只の慰めでもない、ただの猫の鳴き声だけだ。
「・・・あ」
近くに、先端に細長い綿のついた棒を見つけた。
これは確か先輩が買ってきた手製の猫じゃらしだ。まあ、向けてもあんまり翔は相手にしないけど・・・
「おい翔、なんて言ったんだ。先輩の悪口か?」
「・・・ニャー・・・」
前で揺らしてやると、珍しく触れてきた。
何度かそれを繰り返したら動きが少し激しくなり、やがて猫パンチになって・・・
「ウニャ、ウニャニャ、ウニャー」
「ふっ、本当は遊んでほしかったみたいだな、このぽちゃ猫め」
翔もだんだんその気になってきたらしく、片手の猫パンチは実戦さながらの迫力だった。
やがてそれも焦れったくなったのか、起き上がって両手で猫じゃらしを捕獲しようとブンブン振り回してくる。