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『名探偵N』
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『名探偵N 〜電話探偵〜』-1

【警察が国家の犬なら、事件はさしずめ猫だな。
 気紛れで、オマケに油断すると鼻先を引っ掻かれるときてる――名も無き名探偵】

「宅の愛振ちゃんを探して欲しいザマス!」
探偵事務所に現れたマダムは、脂の乗った巨体を震わせて開口一番そう告げた。
「まあまあ、落ち着いてください」
名探偵は彼女を――きつすぎる香水にやや辟易しながら――宥める。
「これが落ち着いていられるザマスか!
 ワタシの命とおカネの次くらいに大事な愛振ちゃんが突然いなくなったんザマス。
 これは立派な誘拐事件ザマスよ!」
「先ずは落ち着いて、現場の状況を話してください。
 いくら名探偵の先生でも『誘拐された』だけでは推理のしようがありません」
運んできた紅茶を気炎を吐くマダムの前に差し出しつつ、助手が言う。
紅茶を一気飲みして「安物だわね」と呟くと、彼女はまくし立てるように話し始めた。

「愛振ちゃんはそれはそれは一目惚れするくらい小さな可愛い女の子ザマス。
 このご時勢で外は物騒ザマスから、滅多に外には出さなかったザマス。
 運動がしたければ特大のトレーニングルームがあったし、お医者様が必要なら往診して
もらったザマス。
 お食事からお風呂、ベッドの中までいつもワタシが一緒についてたザマス。
 食事は専属のシェフをつけて、お風呂はボディーソープからシャンプーまで毎日新しい
のを使ってたザマス。
 もちろんお洋服も一流デザイナーに頼んで、オーダーメイドで仕立てさせたザマスよ。
 部屋の外には警備会社のガードマンが24時間詰めてたザマスから、誘拐のチャンスなん
てなかったはずザマス。
 ゆくゆくは完璧な淑女になるはずだったのに、ああ、それなのにッ!」
きぃぃっ、と奇声を発し、マダムはシルクのハンカチを噛み千切る。
「今朝起きたら、布団の中に居たのはボロキレみたいなメスイヌだったザマス!
 直ぐに追い出すように手配したザマスが、ワタシの愛振ちゃんを妬んだ誰かがすり替え
たに決まってるザマス!
 ああ、可愛そうなワタシの愛振ちゃん、今頃おなかを空かせて啼いてるザマス……」
そこでマダムはティッシュペーパーの箱を引きちぎり、芋虫のような指で中のティッシュ
ペーパーをむんずと掴むと音を立てて洟をかむ。
名探偵はそれを唖然と眺めていたが、我に返るとこう聞いた。
「一つお尋ねしますが、お食事の給仕はどなたが?」
「ワタシザマスよ。大切な愛振ちゃんをメイドなんかには任せておけないザマス」
「ということは、お風呂等もマダムが?」
「当たり前ザマス。身体の隅々まで綺麗に磨き上げるのにはコツがあるザマスよ」
「成程……」
腕を組み、安楽椅子に背を預ける名探偵。暫し目を閉じて思考した後、徐に傍らの電話を
取り上げると軽い手つきでダイヤルを押す。
二言三言会話を交わすと、名探偵は厳かに告げた。
「見つかりましたよ」
「本当ザマスか!? 今何処にいるザマス!?」
名探偵がその場所の住所を告げると、マダムは事務所の壁を突き破らんばかりの勢いで飛
び出していった。

後日、マダムからお礼と依頼料が振り込まれた旨を告げる電話が掛かってきた。
事後処理を終えた助手が、引っかかっていた疑問を口にした。
「電話一本で解決なさるとは、いつもながらお見事ですね。
 ところで名探偵、何処へ電話していたんです?」
「保健所だよ」
「保健所?」
首を捻る助手に、名探偵は面倒臭そうに答えた。
「あの指で全身を下ろしたてのシャンプーでこすられればボロボロにもなるだろうさ。
 マダムが言っていただろう、『一目惚れするくらい』可愛いと」
「はぁ? では、マダムが探していたのは……」


「犬だよ」


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