続・幻蝶(その1)-2
あの夢にうなされるようになってからというもの、なぜか私の性器の中が、ヤスオを求めている
ような気がした。
迷っていた…でも、私はこの街の駅で電車を降りた。
駅前の人気のない商店街を抜けると、真新しい家がひっそりと点在する荒涼とした新興住宅地だ
った。売れ残った空き地には、伸びきった雑草が生え、人の気配さえ感じられなかった。
私は5月の眩しい青空の下を彷徨うように歩いていた。それがなぜなのか、自分でもわからなか
った。
初めて訪れたヤスオの家のまわりには、有刺鉄線が張られ、色褪せた看板には、売り家と赤いペ
ンキで書かれている。コンクリートの地肌がくすんだ家の壁には、すでに青々とした蔦がびっし
りと絡まっていた。
そこに、ヤスオはもう住んではいなかった…。
マンションの部屋の窓が仄かに明るくなり、夜がすでに白みかけている。
窓を開けると、仄暗い朝の光の中から心地よい冷気が、薄い下着を透して乳首に滲みわたって
くる。
ソファには、読みかけた女性誌が、スタンドライトの淡い灯りの中で開いたままになっていた。
私は重いからだを引きずるようにバルコニーに佇み、煙草に火をつける。
『…蝶に魅されたシンデレラボーイ…』
そんなタイトルの記事といっしょに掲載された写真は、確かにヤスオだった。
記事は、ヤスオが世界でこれまで見つかったことのない数種類の幻の蝶の捕獲者として、突然
世界的に名を知られたこと…その蝶をイギリスのある資産家の蝶のコレクターが、高額な金額で
買い取ったこと…そして、ヤスオが一夜にして数億円のお金を手にしたことを伝えていた。
女性誌の一部のグラビア写真には、あのころのヤスオとは、別人のような美しい青年が写真に写
っていた。
私にラブレターをくれた頃のヤスオは、色白でひ弱な感じがしたが、ここに写っているのは自信
にあふれ、日焼けした魅惑的な青年だった。
私は食い入るようにその写真を見つめた。
男たちに臀部を犯された高校時代のヤスオ…そして、私の前でオナニーをしたヤスオの影が、そ
の写真の背後にぼんやりと浮かんできた。
あれは、五年前…私が三十歳のときだった…。
トモユキと結婚し、ニューヨークで暮らしていた私のもとに届いた透明のガラスケース…そこに
は、私によく似た艶めかしい肌をしたフィギュアがピンを刺された手足を広げ、さらに陰部の
真ん中には、美しい斑紋のある羽根を広げた蝶が、長い虫ピンで刺されていた。
その標本箱は今でも、わたしの手元にある。
トモユキと別れたあと、数人の男に抱かれた…しかし、いつのまにか眠ったように息を殺した私
の性は、いつまでも澱んだままだった。
そんなとき、私はいつからかそのフィギュアに自分を重ね、オナニーをするようになった。腿の
付け根に湿った熱い潤みを感じたとき、私はなぜかヤスオに自分のすべてを捕らえられたいと思
うようになったのだ。
ヤスオが私の前からいなくなったニューヨークでのトモユキとの生活…でも、ヤスオの何を私は
意識していたのか、自分でも理解できなかった。ただ、ヤスオを意識すればするほど、私はトモ
ユキとのセックスに苛立ちを感じた。
…そして、私はトモユキと離婚した。